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「おらぁぁぁぁ!!!」


 突如、少女の声に似付かわしくない雄叫びが耳に入る。
 同時に、エアリーの鋭い蹴りが、アレンに襲いかかる。


「……!!」


 アレンは、上体を反らして間一髪で直撃を避けた。だが、エアリーの蹴りはアレンの左頬を掠り、頬の皮を一部抉り取る。

 渾身の蹴りをかわしたアレンに、エアリーが小さく舌打ちをした。


「……大した反射神経じゃない」

「あんな雄叫びを上げてりゃ、そりゃ気付きますって。バカ。」


 そう言ってアレンは、エアリーの蹴りが掠った左頬に触れ、その手を確認するように見た。
 アレンが想像していた以上に、大量の血が付着していた。どうやら、まるでナイフで切りつけられたかのようにぱっくりと切れているようだ。


「……裂けてら。これだから魔力武装した攻撃は怖いんですよ」


 アレンは、頬を流れる血をグイッと拭いながらボソッと呟いた。


「100人隊は全滅だね、アレン」

「……だから言ったでしょ。こんな寄せ集め、最初からいらなかったんですよ。敵の体力を削る程度でも役に立つんだったらともかく……」


 アレンが、眉間に皺を寄せながら辺りを見渡した。
 シャルとエアリーが囲まれていた箇所には、100人が無様に転がされている。


「……使えないにも程がありますよね」

「もっとちゃんとした知性を持ったのを集めてくるべきだったわね。シャルは返してもらうわよ。
 “停……」

「二度も同じ手は食らいませんよ」


 エアリーが停止の能力を発動させようとした瞬間アレンは、目にも止まらぬ速さで銀色に煌めく物を投げた。


「───!!」


 ───間一髪。
 銀色のナイフがエアリーの脇腹に突き刺さる直前に、エアリーはナイフとの接触面に停止の能力を発動した。

 ナイフの先端は、エアリーに接触している。だが、エアリーには傷1つついていなかった。


「……貴方じゃ私には傷一つ付けられないわよ」

「……ふーん。
 でもその能力、同時に2箇所以上には発動できないようですね」


 アレンの言葉に、エアリーは心の中で舌打ちをした。
 アレンの言葉は図星だった。こんなすぐに看破されるとは思っていなかったが。僅かに眉間に皺を寄せたエアリーを見て、アレンは少しだけ口角を上げた。


「ああ、カマかけたつもりだったんですが本当にそうだったんですね。正直者は好きですよ、僕」


 その口調は平淡だったが、どこか嘲笑めいている。この上司にしてこの部下あり。レイアスほどじゃないが、なかなか腹が立つ物言いだった。


「じゃあ、続けましょうよ」


 そう言って、アレンは手にナイフとロープを構えた。まるで、今にもエアリーを本気で殺す気かのような構えだ。

 ―――そこから、シャルの命と身柄を懸けて戦うエアリーと、レイアスの体面を懸けて戦うアレンの壮絶な攻防が始まった。


 ロープで吊されたシャルは冷や冷やしながらその様子を眺めていた。


 ……俺は、何もできないのか?
 2人の戦いを見て、シャルは空しく思った。


「やあ、シャルくん。調子はどうだい?」


 不意に、シャルの横から声が掛かった。
 声のする方に、辛うじて動く首を向ける。レイアスが、この状況に似合わない爽やかな笑みを浮かべていた。
 宙ぶらりんの状態のシャルのほっぺたを人差し指でちょんちょんとつついてロープを揺らす。地味に爪が食い込んで痛い。


「女の子に任せて、自分だけのうのうとサボってるなんてひどいしゃないか」

「俺はサボりたくてサボってるんじゃない……情けない事なんてわかってる」

「だったらさっさとロープを解いて彼女を助けてあげたら?女の子に助けられっぱなしで情けないと思わないかい?」


 シャルを小ばかにするような口調で言うレイアスに、シャルは苛立ちを覚えると同時に、一層情けなくなった。
 そんなシャルの心情など露知れず、レイアスは身動きの取れないシャルの髪を指先でくるくると弄り回しながら、エアリーとアレンの戦いに目を向ける。


「なかなか白熱した面白い戦いだねー」


 能天気な声でレイアスはそう言ったが、身体の自由を拘束された状態のシャルには、楽しんで見ていられるだけの心の余裕は無い。


「けどエアリーちゃんはまるで防戦一方だ。アレンはエアリーちゃんの急所ばかり狙って攻撃をしかけている。五星子の能力はそう連続でポンポン出せるもんじゃないし、アレンの攻撃を防ぐ事で精一杯みたいだね。
 まあ、無理もないね。アレンは高濃度の魔力武装をしているから……まともに喰らったら一発でお陀仏だ。アレンを停止させたくとも、能力を発動しようとしてから発動するまでの間のタイムラグの間に新たに攻撃をされる……エアリーちゃんはまだ、アレンほど戦い慣れしてないみたいだね」

「……マリョクブソウ?」


 レイアスの言っている事はほとんどわからなかったが、何気なく聞き取った「魔力武装」の部分がシャルには気になった。
 レイアスは、少しだけ驚いたようにシャルを見た。


「なんだ、知らないのかい?知らないであの戦闘力か、本当に大した逸材だよ。
 例えば相手を殴る時、接触する瞬間に拳に力を篭めるだろう?その時に、自分の持っている魔力も一緒に拳に集めるんだ。そうする事で攻撃の鋭さが数倍に増すのさ。
 防御時も同じようにして、接触面に魔力を集めると、相手の攻撃による衝撃を抑えられるんだよ。エアリーちゃんの停止能力みたいに完全に衝撃を殺す事は、よほどの魔力がないとできないけどね」

「そうなのか……」


 シャルの脳裏に、剣を一振りして森の木を何十本も根こそぎ切り倒したハウェルの姿が蘇った。あれも、魔力武装による効果なのだろうか。
 何故ハウェルは教えてくれなかったのか。シャルは疑問に思った。(それは、基礎すらろくに身に着いていないシャルに教えては誤って村を破壊しかねないからというハウェルの配慮だったが、シャルには知る由もない)

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あきゅろす。
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