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「あ、あいつ……!取り戻した聖剣を持って……!?」
「また盗み出すつもりなのか!」
「遺跡の件も、やはり奴は黒か……!」
シャルが聖剣を構えると、途端に男達がざわめきだした。
そんな彼らを、後方からレイアスが煽った。
「ほらほら、凶悪犯が聖剣を持ち逃げするよ!君達、なんとしてもシャルくんを捕まえるんだ!それが君達の使命だ!」
レイアスの言葉に男達はハッとし、各々の武器を構えた。
シャルもまた、気を引き締めた。相手は100人。こちらは2人だが、こんな所でまた捕まっているわけにはいかないのだ。
武器を構えた男達が、一斉に襲いかかってきた。
一番先頭を走ってきた剣士が、シャルに勢いよく切りかかる。その攻撃を、シャルは持っていた鞘に収まったままの聖剣で防いだ。
錆びた剣だから折れないかと危惧したシャルだが、それは杞憂に終わった。聖剣と呼ばれるだけあって頑丈だったようだ。
「……お前なんかよりも、先生やアレックスの方がよっぽど強いな。悪いけど寝ていてくれ」
そう言うとシャルは、剣士の鳩尾に、拳を叩き込んだ。
「────!!」
その瞬間剣士の体が、勢いよく吹っ飛んでいく。
剣士は、周りにいた10数人を巻き込みながら10数メートル吹っ飛んだ末に、地下水路に流れていた水の中に落ちていった。
「……やべ、ちょっとやりすぎた」
シャルは、ブクブクと泡を吹きながら水面に浮かんできた剣士の男を見て、内心申し訳なく思った。
……軽く気絶させる程度の予定だった。だが、加減がよくわからなかったシャルのパンチは、シャルが思っていた以上に力が強かったようだ。
ちなみに鳩尾パンチで相手を気絶させるという知識は、昔アレックスと一緒に読んだ漫画で得たものだ。実際に剣士は気絶したわけだから、結果的には成功だと言えよう。
ともあれ、シャルは一発のパンチで10数人を一気に一掃したのであった。
「……くそっ、いい気になるな!こっちにはまだ大勢いるんだ!負けるはずがない!
“ファイアボール”!」
魔術師の男が杖から放った火の玉が、真っ直ぐにシャルに向かって飛んできた。
「マジュツか……だけどこんな火の玉攻撃、大した事ない!」
シャルは聖剣を振り回し、飛んできた火の玉に聖剣をぶつけて消した。
……が、火の玉を追うように走ってきた男が2人、それぞれが槍と剣を構えながら、襲いかかってきた。
槍と剣が、交差するようにシャルに襲いかかってきた。シャルは、それをバックステップでかわした。
大振りで攻撃してきたが故に、2人には隙ができている。シャルは、それを見逃さなかった。
シャルは、聖剣の柄の部分で、右から来ていた槍士の頭を横殴りした。槍士は、同じく大きく隙ができていた剣士(2)を巻き込み、十数メートル飛んでいった。
ふと、シャルの頭の中に、かつてハウェルに教えられた事が過ぎった。
───“攻撃をした後が一番隙ができる瞬間なのだ”か……こういう事だな先生!
シャルは、ここでまた1つ学習したようだ。やはり、実戦を積むに限るようだ。
そう思い、シャルが再び次の敵の方に向き直った、その時だった。
「───っ……!」
シャルの上体が、一瞬だけふらついた。
だがシャルは、足で踏ん張って、地面に倒れ込む事を防いだ。
───やはりまだ自分は病み上がりで、万全じゃないのだろうか。
シャルの脳裏に、ふとそんな考えが過ぎる。
だが、幸い敵は気付いていない。シャルは、脳裏に浮かんだ考えを振り切って、剣を構えた。
「やるじゃない、シャル!」
エアリーが、エアリーに向かって巨大な斧を振りかぶる男を文字通り一蹴しながら感心したように言った。
「くそっ、こいつら……!」
「ひっとらえて目に物を見せてやる!」
男達は、それぞれの武器を構えて、シャルとエアリーに襲いかかってきた。
「知性のない攻撃ね。まるで獣だわ。
“ララバイ”!」
エアリーが魔法を発動すると、2人に襲いかかってきていた20人余りの男達が一斉にその場に倒れた。
レムがかつて使ったのと同じ、催眠魔法だった。
「大人しく夢でも見ていなさい」
倒れた男達に、エアリーが言い放った。
シャルにやられた10数名やエアリーに眠らされた20数名を見て、シャルとエアリーに今に襲い掛かろうとしていた男達が、グッと足を踏みとどまらせた。
「こ、こいつら……!あれだけの人数を一気に……!」
「化け物かこいつら……!」
男達の顔を青ざめる。ほんの1分も経たない内に、既に何十人も戦闘不能になっている。
シャルとエアリーにやられた男達は、そう弱い男ではなかった。最初にシャルに斬りかかった剣士は、近々教団の一部隊の隊長を任せられるだろうと噂されていた男だった。
……次にかかって行ったら、今度は自分達があのようになるのだろうか。
その考えが拭えず、男達の足がすくむ。
そんな男達に、安全な位置でただ見ていたレイアスが不満げに言った。
「何だ、どうしたんだい君達。それでも君達は俺がちょっと誇る100人隊かい?使い捨ての名無しキャラとしてのモブ魂をここで見せつけないで、一体いつ見せつけられるっていうんだ。しっかりしてくれよ」
「ぐ……で、でもレイアスさん!」
「でもも何も無いだろう。100人掛かりでたったの2人相手に、なんて醜態だい?こっちにはまだ60人いるじゃないか、へこたれてないで行きな」
レイアスが、やや強い口調で言った。あまりの醜態に見苦しさを覚え、かなり嫌気が差しているようだ。
しかし、それでも尚渋る100人隊達。そこに、最初の頃の余裕はなかった。最初の余裕は、100人の陣営でかかれば、2人のガキなどいとも簡単にひっ捕らえられるという精神的な余裕があったればこそのものだったのである。
一瞬で30人以上も蹴散らされるという予想外の展開に、男達は狼狽していた。我が身が可愛いのだ。
そんな男達を、レイアスは、まるで一切の愛情が失せた愛人を見るような、使い物にならなくなった無機物の塊を見るような、そんな冷めた目で男達を見た。
「……そうか、わかったよ。お前達はあくまでも俺の命令に逆らうと言うのか。下っ端の分際で。
残念だけどね……俺の部下に、惰弱な奴は要らないんだ。君達の代わりなんて、いくらでも補充できるんだ。
この意味、いくら愚鈍なお前達とはいえども……まさかわからないなんて言わないだろう?」
底冷えするような冷ややかなレイアスの声が男達の耳に入ると同時に、男達はビクリと震え上がり、固まった。
そして、誰に対して物を申しているのか思い出し、男達の顔が、たちまちサッと青褪めていく。
この男達にとってこの女神の騎士団で一番恐ろしいのは、短気な暴れん坊幹部のバッカスでも、普段は静かでも怒らせると怖いスナイパー幹部のクロスでも、女神の騎士団幹部の長で最高指揮官のレムでもない。
フェニエス教団最高峰の人間で現人神のルーチェでもない。
前述の誰を敵に回してもレイアスだけは絶対に敵に回したくない。そのくらい、レイアスは恐怖の対象だった。
レイアスを敵に回して、行方不明になった者の存在を、男達は知っている。レイアス自身はここにいる男1人でも倒せる程度の強さだが、レイアスのバックには、強大な力を持ち尚且つレイアスの言うことは何でも聞くという者が何人もいる事を、男達は感じていた。
(それをレムに報告をしようとした者も、例外なく行方不明になったそうだ)
そのレイアスを怒らせたとあったら、男達の行く末は1つだ。男達は、死んでも墓場にすら行けないだろう。
男達は、再び武器を構えた。
今は男達にとって、シャルとエアリーなんかより、レイアスの方がよっぽど怖い。
「な、なんだこいつら……?急に殺気立って……」
「気にしちゃだめよ、シャル。」
突然殺気立った男達に、シャルが一瞬怯む。
だが、こんな所でへこたれているわけにはいかない。シャルとエアリーは、再び迎撃のため構えた。
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