5
アレンは、眉間に皺を寄せながら続けた。
「薬はまだ飲ませてない筈ですけどね……さて、どういうわけなんだか。
まあいいや、逃がしたなんてレイアスさんに知られたら不機嫌になられますし。もう一度捕まってください」
そう言うとアレンは、どこからともなく太いロープを取り出した。
そして、それをシャルに向かって投げようとした───瞬間、アレンの体が突然、金縛りに遭ったかのように、ピタリと動きを止めたのであった。
一体何が起こったのかと、シャルは目を見開いた。だが、一番驚いているのは、アレンだ。
「あれ……おかしいな、体が動かない」
アレンが、眉を顰めながら言った。
傍から見れば、アレンが何もせず静止しているようにしか見えない。
しかし、アレンはこれでも動こうとしているのだ。
アレンから離れた位置で、元凶である人物が笑っている。
「当然よ。貴方の首から下に、“停止”をかけたからね。私が解くか、効果が切れるまで待たないと動かないわよ」
「……ああ、なるほど。あんたがいたんですね、“停止”の五星子。これは厄介だ」
困ったように言うアレンに、エアリーは一瞬で詰め寄った。
そして、アレンの首根っこをガシッと掴んだ。
「……貴方が来たって事は、揃って地下牢の方に気を取られてこっちを手薄にした馬鹿共も来るかも知れないわね。
ここじゃあ都合が悪いわ。貴方、ちょっとついてきて貰うわよ」
そう言うとエアリーはアレンの首根っこを掴んだまま、武器庫の床に開いた穴から地下水路へと飛び降りた。
エアリーが地下水路へ飛び降りた後、シャルも後を追うように地下水路へ飛び降りた。
近くにあった麻袋に詰め込んだ、聖剣を手に持って。
地下水路に上手いこと着地し、停止しているアレンを引っ張って暫く歩いた所で……エアリーは、アレンの首に腕を回し、その腕を十字に固定させた。
「さて……貴方を連れてきたのは、貴方に用があるからよ眼鏡くん。貴方はさっき、「薬はまだ飲ませていない筈」と言ったわね。
ならば貴方が薬を持っているのね。今ここにあるのなら今すぐ寄越しなさい。そうでないなら、薬の在処に連れて行きなさい。
……じゃないと、この無駄に細っこい首をポキッとへし折るわよ」
「……そうですか。仕方ありませんね……こんな事で死ぬのはごめんですし……後でレイアスさんにお仕置きされますか」
溜め息を吐いてそう言うとアレンは、腕だけを動かし(腕だけ、封印を解かれたらしい)、懐を漁った。
懐から透明な液体の入った小瓶と注射器を取り出し、注射器に液体を注入する。
「……それが水だったってオチだったら、はっ倒すわよ」
「そんな事するわけないじゃないですか。正真正銘本物ですって」
険しい顔で言うエアリーに、アレンが当たり前の事のように言う。
液体の入った注射器をアレンから受け取り、エアリーはシャルの腕を掴んだ。
「……一旦、“停止”を解除するわよ。いいかしら?」
「ああ」
「……ところで、シャルの手に持っているその麻袋……一体何かしら?」
エアリーに怪訝な表情で問われ、シャルは一瞬顔を引き攣らせたあと、答えた。
「え、これ……!?あ、ああ……と、取られた荷物だよ。エアリーが飛び降りた後に見つけて、咄嗟に取ったんだ」
「……ふうん……まあいいわ、じゃあ解除するわよ」
エアリーは一瞬だけ怪訝な表情をした後、シャルの病気に対して発動させていた停止を解除した。
「…………うっ……!!」
その途端、シャルの体に、再び苦痛が戻ってきた。下半身が硬直し、そのまま倒れそうになる。倒れそうになった体は、エアリーに支えられた。
……エアリーが来る前の症状の、そのまんま続きだった。今まで楽に歩いていただけに、先程よりも辛く感じる。
……“停止”の能力は、決して病気を治すわけではない。症状を一時的に停止させるだけだったのだ。シャルは、身をもってそれを痛感した。
「気をしっかり持つのよ。その苦しみとも、もうおさらばよ。別れでも惜しみなさい」
惜しみたくない。
返事をする事も頷く事もできないが、シャルはそう思った。
エアリーは、シャルの腕を取り……注射器を、シャルの腕に射した。そして、その薬をゆっくりと注入していった。
まだ、全身が痛いし、息苦しい。
……だが、エアリーが薬を注射して少しすると、シャルは全身から徐々に痛みや苦しみが引いていくのを感じた。
薬って、こんな早く効くものなのか。シャルは、内心感動した。
痛みが大分引いたシャルは、エアリーにもたれ掛かっていた体を起こして、自分の足で立った。
「な、治った!治ったのか!」
……まだ少しふらつくが、ようやく、自分の足で立てた。エアリーの力を借りずに、自分の足でだ。何日ぶりだろう!
シャルが歓喜に満ちた表情をしている横で、エアリーが穏やかに微笑んだ。
「……よかったわね、おめでとう。シャル」
「エアリーのおかげだ!ありがとう!」
「いいえ、貴方の頑張りもあったわ。普通の人ならとっくに石化していたでしょうに……耐え忍んだ強さのおかげよ」
「エアリー……」
───エアリーは、優しいんだな。
シャルは、エアリーの優しさに感激していた。
……そんな2人のやりとりを見ていたアレンが、不満げに横から口を挟んだ。
「……せっかく快気の喜びにふけっている所を水を差して悪いですが、動けない状況での放置プレイは勘弁してくださいよ」
「……あら、貴方達がさっきまでしていた事じゃなくて?しかも、監禁プレイと死ぬほどの苦痛というオマケ付きでしょう?
動けないだけで痛くもなんともないんだから寧ろありがたいと思いなさいよ」
エアリーが、人の悪い笑みを浮かべながらそう言った。
「……放置して行くのか、エアリー?」
「貴方を監禁していた奴の心配でもしてるのかしら?お人好しなのね、シャルは」
「そうじゃないけど……」
「ここで自由にして増援を呼ばれたりしたら面倒だし、置いて行きましょう。……そうね、そんなに立派なロープを持っているんだし……停止が切れても暫く動けないように、縛り放置プレイでもして行きましょうか」
そう言うとエアリーはアレンの手からロープを引ったくり、停止しているアレンの体に巻き付けようとした。
「あーあ……この地下水路、人なんて滅多に来ないんですよ?もし僕が野垂れ死んだら、あんたの事を祟り殺しますからね」
「何日も姿を見せなかったら、流石に誰かが気付いてくれるんじゃない?
……それにしてもほっそいわね貴方!まるで女の子みたいだわ」
「正真正銘女の子でスタイルがいい美人さんのあんたには敵いませんよ」
「あら光栄ね。でもそんなの当たり前すぎて別に嬉しくもないわ。そんなこと言ったからって貴方のことは見逃してあげないわよ?」
エアリーがそう言うと、アレンは小さく舌打ちをした。自分の美貌に自信のあるエアリーには、褒め殺しすら効かないようだ。(現に、エアリーは世界中駆け回ってもなかなかお目に掛かれないレベルだ)
その時だった。
「ひどいことをするなぁ」
不意に、後ろから誰かの声が聞こえてきた。
思わぬ第三者の登場に、シャルとエアリーは、吃驚して後ろを振り返った。
「俺の秘密兵器アレンが封印されちゃったら、一体誰が俺の仕事を代わってくれるって言うんだい」
「この状態で僕の心配じゃなくて自分の心配をするなんて……流石レイアスさんですね」
アレンが、シャル達の後方にいるレイアスを見て呆れたように言った。
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