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レインボーベル王国の、とある女神の騎士団駐屯地の地下水路に、2つの人影があった。
地下水路を歩いている2人の片方は、黒髪の少女である。
少々吊り上がった目に、緑色の瞳。繊細な白い肌。そして、誰もが息を呑む程の美貌の持ち主だった。
もう片方は、茶髪の少年である。
少女とは対照的に一見優しそうな印象を与える目つきに、空のような青い瞳。少年の方も、やや童顔ではあるが、綺麗な顔立ちだった。
その少年の名前は、シャル・アーシェイドという。
シャルは、少女の半歩後を、少々ふらふらした足取りでついて行った。
「……あの、アーリー」
「アーリーじゃなくてエアリーよ」
「……エアリー。ありがとうな、エアリーのお陰であの檻から逃げる事ができた」
「礼を言うのはまだ早いわ。いくら歩けるとはいえ、貴方の病気は治ったわけじゃないのよ。それを忘れないで」
「わかってるよ、エアリー」
シャルは、そう言ってエアリーの言葉に頷いた。
シャルは、ウール症候群という奇病に掛かって、この地下牢に幽閉されていた。
そんなシャルが何故今、普通に歩けているのかというと……目の前にいる少女、エアリー・クロネールのおかげである。
「私の“停止”の能力は、病気の進行や症状を一時的に鎮静はするけど、だからといって完全に治す事はできないわ」
エアリーは、五星子の“停止”の能力者である。
シャルの檻を蹴破って現われたエアリーは、まずこの停止の能力でシャルのウール症候群の症状と進行を“停止”させ、シャルの苦痛と石化を止めた。
そして、仮とはいえども苦痛と石化から解放されたシャルは自力で手錠を壊して、晴れて自由の身となったのだ。
その後、地下牢の爆音を聞きつけたらしい教団員達の足音を聞きつけ、地下牢の天井間際にあった通気孔から脱出し、地下水路へと至ったのである。
「まあ、こうやって私が症状の悪化を先延ばしにする事はできるけどね。今はとにかく、ここから出る事を先決するわよ」
「ああ、そうだな。
……っと、俺の名前をまだ言ってなかったかな。俺は……」
「知ってるわ。シャル・アーシェイドでしょう?」
シャルが名乗る前に、エアリーが答えた。シャルが、ぽかんとして目を見開く。
「……ど、どうして俺の名前を知っているんだ?」
「女神の騎士団の連中がこぞって、「あの危険人物のシャル・アーシェイドがここへ来てしまった」「近寄ると何をされるかわからないから地下牢には近寄らないようにしよう」だなんて噂していたからね」
「き、危険人物?どういう事だよ……」
「貴方がどういう経緯でここに来たのか考えれば、わかりそうなものだと思うけど?」
エアリーにそう言われ、シャルは女神の騎士団内で今自分がどういった立場に置かれている人物なのかを考えてみた。
シャルは、イフェリア遺跡を爆破させて聖剣を盗んだ犯人として連れて来られ、幽閉された。
女神の騎士団の中では、シャルが犯人という事になっている。と、いう事は……
「……つまり、奴等の中では、俺は遺跡に乗り込んで破壊して泥棒した、凶暴な奴っていう事になってるのか……」
「そうね。それに、こんな物まで出回っているのよ」
そう言うとエアリーは、1枚の紙を取り出し、シャルにそれを寄越した。
そしてシャルは、その紙を見て目を丸くした。
『危険人物!
以下の人物は、発見次第早急に捕らえるべし。
もしくは、厳重な監視が必要。
アーニー・クリスティ(35)…A
シャル・アーシェイド(18)…A
エリー・ロジャー(不明)…B
フィア・エヴァレント(19)…B
ケビン・ジョーダン(24)…A
ライツ・アベレイン(不明)…S
我らが目指す世界平和の為に!
女神の騎士団』
この紙に書かれいる危険人物の顔の隣には顔写真が貼られている者もいる。
シャルも、名前と記号の隣に写真が載っていた。誰がどう加工したのかどうかはわからないが、やけに悪人っぽく見えるように仕立てられている。
「な、なんだよこれ……」
「ま、貴方の罪状を考えるとこれが妥当なんじゃない?」
「そんなこと言われたって……お、俺は……やってないぞ……」
「……でしょうね。なんだか悪人っぽく加工されてるけど、貴方はこの写真に映ってるような顔が似合うタイプじゃないと思ったわ。
だから、私が助けに来たのよ。貴方は何もしていない、被害者。これは女の勘よ」
そう言ってエアリーは、シャルに向けてパッチリとウインクをした。
……ここ数日の間自分の話を聞き入れてもらえず散々な扱いを受けていたシャルにとってエアリーのその言葉は、とても心強い。思わず、涙が出そうだ。
……だが、いくらなんでも女の子の前で泣くわけにはいかない。シャルは、出てきそうになった涙をうんと堪えた。
「……それにしても、エアリー。どうして俺の居場所がわかったんだ?」
「私はちょっと訳あって一人旅をしていた最中なのよ。
それなのにどういう訳か女神の騎士団の男が私の目の前に現われて「どうか我々についてきて欲しい」と声を掛けられたのよ。五星子がどうのこうの言ってたわね。
私は断ったんだけどね。気付いたらここに連れて来られていたのよ」
「……それって、眠らされたりして無理矢理ここに連れて来られたんじゃ……」
シャルが不安げにそう尋ねると、エアリーは深い溜息を吐いた。
「……不意打ちの催眠魔法を喰らってね……一対一のフェアな戦闘なら絶対に負けなかったのに……」
「……そ、そうなのか……」
「そこで貴方の話を聞いたの。……それで、私を見張っていた奴等を催眠魔法で眠らせて、貴方を助けにきたっていうわけよ」
「……なんか催眠魔法って万能なんだな……俺も喰らわないように気をつけるようにしよう」
シャルは、一度レムの催眠魔法を間近に喰らい、そして自分にはそれが通用しなかった事を知らない。
「とにかく、出口はそろそろな筈よ。ここから走って30分くらいの所に駅があるから、電車に乗って首都のヴィッテに行きましょう」
「……よくわからないけど、とりあえず今はエアリーの言う通りにするよ」
何しろ、自分は知らない所にいるのだ。下手に動き回るよりも、エアリーについて行った方が得策に違いない。
……そう思った矢先の事だった。
シャルの脳裏に、再びあの声が響き渡ったのだ。
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