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 ヒマワリの花が咲いていた。

 エルミナ共和国の辺境にある村、ルーンから少し離れたヒマワリ畑は先日の嵐で濡れており、日の光を浴びてきらきらと光っていた。
 ヒマワリ畑からは、少し地盤の高い丘が見える。その丘には、背の高い木が二本立っていた。更にその断崖からは、海が広がっていた。
 この日の天候は、先日の大嵐が嘘であったかのように穏やかだった。緩やかな風に吹かれたヒマワリはサササと音を立て、丘に面する海から聞こえてくる波の音と混ざり合い、心地よい音色を奏でていた。

 背の高い二本の木の真ん中で、少年───シャルは、大の字になって寝転んでいた。
 微風が、シャルの短い茶髪をゆらゆらと揺らす。
 シャルの年齢の割には幼い、整った顔の中心にある青い瞳は空を見上げていた。

 正確には、空に浮かぶある球体を、だ。
 それは、空に浮かぶ黒い塊だった。不吉の象徴とも言われる、“黒月”呼ばれている。

 しばらくの間黒月を眺めていたシャルは、何を思ったのか、スッと立ち上がった。


「……まずいな。」


 シャルは一言そう呟いて、丘を走り去っていった。シャルの手には、使い込まれたボロボロの木刀が握られていた。




 シャルが寝ていた丘から少し離れた所に、小さな村があった。技術の発展が遅れたエルミナ共和国の中でも、偏狭にある田舎だった。
 そんな小さな村にも、小さな学校と剣道場があった。道場には人影が3つあった。老人と青年と少年のものである。
 老人は、70代前半ほどだろうか。髪の毛は生えていなく白く長い顎髭をこしらえている。老人は、苛々したように貧乏揺すりをしている。
 その様子を見ていた黒い短髪の青年は、苛々している老人を宥めていた。
 それを傍観していた少年は、大きく欠伸をした。薄茶色のサラサラの短い髪、前髪は瞼の半分くらいまで切り揃えられていた。


「おのれ…ただでさえ二人しか門下生がいないというのに……」

「まあまあ、ハウェル先生。あいつは一見ただの間抜けな馬鹿に見えるけど本当は何も考えてないアホなんだよ」

「それはフォローになってないよアレックス」


 青年、アレックスの発言に少年が冷静に突っ込んだ。
 この少年は門下生ではない。門下生ではないが、いつもこの道場に稽古を見に来るのだった。


「大体、そんなんだからあいつはいつまで経っても……」


 道場師範のハウェルが言いかけたその時、道場の扉が微かに開いた。
 シャルが、開いた隙間から顔を覗かせた。


「よう、シャル」

「よ、よう……」


 アレックスが陽気に声をかけた。シャルはそれに対し、どもりながら、『やっぱりまずかったか』と思った。
 シャルはハウェルの睨むような視線に固まっていたが、少し何かを考えるような素振りを見せた。そして考えがまとまったのか、シャルは開いた隙間から言った。


「先生、ちょっと俺は家に帰って勉強しなきゃならないんだ。算数。じゃあ、さよなら」


 シャルは、そろりと扉を閉めた。外から、パタパタと走り去っていく音がする。


「待てっ!シャル!」


 ハウェルがすかさず駆け出していった。もう七十を越える年齢だが年を感じさせない機敏さだった。
 アレックスとセリは苦笑いをしながら、消えた二人を待った。時々聞こえてくる、ハウェルの怒声とシャルの悲鳴を聞きながら。



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あきゅろす。
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