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「……そろそろ、帰るかな。今日は父さんに酒を持って帰るんだったな。」
シャルは服についた埃を払いながら言った。何かを忘れているような気がするが、シャルはそんな小さな事は気にしないのだ。
その時だった。シャルの耳から、ガサリと音が聞こえてきたのである。同時に、呑気そうだったシャルの表情が一瞬にして真剣な表情になる。
シャルの耳に入った、茂みの草木の揺れる僅かな音。それと同時に一瞬だけ突き刺さった、強烈な殺気。
なにか、いる。
そう思い、シャルは音がした方向に目を向けた。そして次の瞬間、息を呑んだ。
そこに、それはいたのである。一見、その生き物はライオンのように見える。
そして、そのライオンにはバッファローのような立派な角と大きな翼が生えていた。通常、ライオンに角なんか生えていない。翼だって生えていない。
オスの馬ほどの大きさの巨大なライオンのような生き物が、そこに佇んでいたのである。
なんだ、あれは!?
シャルは、心の中で叫んでいた。シャルが心の弱い少年だったら、気絶していたに違いない。
村の周りは大型の獣が多くいるが、あんなものは見た事がない。あんなものがうじゃうじゃしていたら流石に、こんな所に村なんかあるわけがない。
シャルは咄嗟に身構えた。ライオンもそんなシャルの様子に気付き、グルルルと唸っている。
──来れるもんなら、来てみろ。俺は簡単には食われてやらないからな!
その時だった。場違いな声がその場に響いた。
「おーい、兄ちゃーん!」
セリが、断崖沿いに走って来るのが見えた。
「せ、セリ!?」
どうしてここに!?と叫ぶよりも早く、ライオンの殺気の方向が一気にセリへと移った。
そしてシャルが気付いた頃には、ライオンはセリに襲い掛かろうとしていた。
「危ないセリ!!」
「え?」
ライオンは、目にも留まらぬ速さでセリの懐に入り込んだ。あの巨体からは考えられないスピードだった。
そして、セリ自身何が起こっているのか理解できる前に、ライオンがその大きな角でセリを突き上げた。
「──!!?」
セリの小柄な体躯は、いとも簡単に吹っ飛んだ。
10メートルほど上に跳ね上げられた後、先ほどの獣のように、ズシャアッと音を立ててヒマワリ畑に突っ込んだ。
そのまま、セリは動かなかった。気絶してしまったようだ。
「セリ……セリ!おいセリ!!」
シャルは慌ててセリに駆け寄ろうとした。しかし、そうはいかなかった。
巨大ライオンが、シャルの行く手を阻んでくるのだった。
「くっそぅ…どけ!!」
シャルは叫ぶが、当然ライオンが退くわけがなかった。
シャルがライオンと奮闘していた、その時だった。
「レオン、もういいですよ」
静かな、透き通った男の声が響いた。
レオンと呼ばれたその生き物は大人しくなり、男の元へ向かった。
男が、右手を上に伸ばす。すると、ライオンと男の右腕が同時に黄色く光りだし、その光が消える頃にはライオンの姿も消えていた。
あのライオンのような生き物は、この男の召喚獣のようなものだったらしい。
男は、薄茶色の長い髪を揺らしながらシャルに向き直った。
「はじめまして、シャル・アーシェイド。私、名をレムと申します。」
「レモン……?」
「レムです」
レムデスか……とシャルは頭に刻み込んだ。
「……はじめから、あのライオンにセリを襲わせるつもりだったのか?」
「はい、その為にレオンを召喚しました。それから、貴方には見慣れないかもしれませんが、あれは異種族同士の交配によって生まれた"キメラ"です」
男……レムは、セリを襲わせたという事に対して何ら悪びれる事もなく言った。
そんな様子のレムに、シャルは険しい顔を向ける。
「何が狙いだ、レムデス」
「レムデスじゃありません。レム、です」
やっぱりレムデスじゃないか。シャルは再び頭に刻み込んだ。
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