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『星旅行』27ページ
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養護教諭公認で体育の授業が見学になったおかげで、アキはいつもよりも体育の時間が憂鬱にならずに済んだ。
いつものアキなら、何故嫌な時間であればあるほど迎えるのは早く感じるのだろうと憂鬱になっていただろう。
「あー、やっと体育の時間ね!長かったわぁ〜」
アキの隣で、体を動かすのが大好きなイリエが、張り切った調子でストレッチをしながら言った。
同じ時間を過ごしていた筈なのに、どうしてこうも時間の感じ方は違うのだろう。(更にいえば、アキが真面目に授業を受けている間イリエはずっと机に突っ伏して寝ていたので、同じ時間というのも語弊がある)
アキは、常々疑問に感じていた。
「アキ、見てなさい。今日は、前回のリベンジをしてやるわよ!」
「大丈夫、今日は私がいないから余裕で勝てるはず。頑張って」
「アキ、卑屈にならないでよ」
イリエが、苦笑いをしながら言った。アキは卑屈になったつもりはない。ただ、事実上アキがいない時のイリエの勝率は今の所100%だ。だから、アキなりに事実を述べただけである。
……が、自分の言動でイリエを不快にさせたのなら、申し訳ないとも思った。
「ごめん、信濃町さん」
「……? 何に対して謝ってるんだかわからないけど、私は行くわよ」
そう言ってイリエは、軽くストレッチをした後にコートに入っていった。
アキはコートの脇に座り込みながら、心の中でイリエの応援をしようと決めた。
「きゃあああああリオくうううううん!!」
「こっち向いてぇぇぇぇぇぇぇ!!」
アキが座っている場所とは離れた場所で、コートに入っていない女子達が黄色い叫び声を挙げている。男子コートにいる生徒の半分はあまりのうるささにうんざりしていた。
もう半分は、「四街道だから仕方ない」と苦笑いしている生徒である。
当の本人であるリオは嫌な顔などおくびにも出さず、女子達に微笑んだ。それを見た女子達は、一層色めき立った歓声を上げた。
まるで宗教である。
体育館内に響き渡る歓声は非常にうるさいがこんな歓声に自分は関係ないと、アキがコートに向き直った時だった。
「四ツ谷さん、なにサボってるのよ」
不意に、アキの横から声が掛かった。アキはその声の主を見て、少しだけ顔を曇らせる。
声の主は水道橋エリ達だった。
「四ツ谷さん、あそこに加わらなくていいの〜?あなた、リオくん狙いじゃなかったの〜?」
「ち、違う」
ねっとりした声で言うエリに、アキは即座に否定した。リオ狙いではない事は事実だが、それよりもアキがリオ狙いだなんて言ってるのがリオの耳に入ることの方が怖い。
やたら大きな声で言うエリ達に、先日プールに突き落とされそうになった時以上に焦りを感じた。
「そうやってすましてる所が可愛くないのよ、あなた」
「別に誰かに可愛いって思われたくない」
「……ふん!それにしても四ツ谷さん、随分痛そうな手ね。随分深く刺さったんじゃない?」
「……あれやったの、あなた達だったんだ」
アキは、呆れたように溜め息を吐きながら言った。
昨日アキをプールに突き落とした時からこんな計画を立てていたのだろうか。アキが手を切るのを楽しみにしながら、帰り道になけなしのお金を出し合ってホームセンターで剃刀を買いに行ったのだろうか。面倒だろうに、わざわざ早起きをして3人で登校し、自分達の手を切らないように冷や冷やしながら貼り付けたんだろうか。
アキは剃刀を仕掛けるために3人が行ったであろう過程を考え、ふとある疑問がよぎった。
「信濃町さんに聞いたけど、水道橋さんってモデルなんでしょ。それにしては随分暇なんだね。もしかして仕事が来ないの?水道橋さんは大丈夫なの?」
「………!!」
アキの言葉に、エリは怒りを露わにしそうになった……が、2クラス合同の体育をやっている所でキレたら、男子相手に媚びを売ることで保ってきたエリの評判がだだ下がりだ。
内心腸が煮えくり返っていたが、なんとか堪えた。
「……あーら、私の心配はご無用よ。何たって私は人気絶頂モデルなんだから」
「そうなんだ。私は信濃町さんに聞くまで水道橋さんがモデルをやってたって事も知らなかった」
アキの言葉に、エリは思わず手を上げそうになった──が、こんなに人がいる所で手を出したらまずい。間一髪、エリは堪えた。
アキがエリの事を知らなかったのは単にアキがそういうことに全く興味がなかったからという理由に他ならないのだが、アキの「モデルの割に暇なのか」という言葉はエリにとっては図星だった。
テレビにも雑誌にも出突っ張りの人気絶頂モデルの岬ヒトミに出番も人気も取られていて、すっかり陰の人になっているからだ。
「ふん、まあいいわ。それより四ツ谷さん、今日のお昼休みは私達とご一緒しないかしら?」
「信濃町さん達と食べるから断る」
「……断ったりなんかしたら、あんたがリオくんに色目遣って狙ってるって言い触らすわよ」
「……!」
その言葉に、アキは目の色を変えた。この脅しに効果があると悟ったエリ達は、ニヤリと口角を吊り上げ、続けた。
「あそこに張り付いてる子達の耳に入ったらどうなることやら」
「さあ。殺されちゃうんじゃない。モデルのエリならともかく、四ツ谷さん程度が言い寄ったなんて聞いたら。あの子達過激だから」
ニヤニヤしながら言うエリ達に、アキは気が遠くなりそうになった。
あのリオに熱狂している女の子達の耳に入ったら、ただでは済まなそうだ。エリ達にされる事と同様の事を学園中の女子にされるなんて、考えたくない。
何より、当の本人の耳に入る事は、もっと嫌である。
「わかったわね、四ツ谷さん」
「……わかった」
僅かに顔を強ばらせながら頷いたアキに、エリ達は勝ち誇った笑みを浮かべた。
エリ達とアキのやり取りは体育館内に響き渡る喧騒にかき消されて、誰の耳にも入らなかった。
コメント:
騙す気もなく、正々堂々と(って言い方も相当おかしいが)苛める予定だった。
モデル業についてのアキとエリのやりとりは痛快だが、アキの性格上最初だけいい子ぶって近付いてきた時の方が簡単に騙されると思ったので差し替えた。
エリのモデルに関する当ページの設定も、生きてるという方向性で
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