彼は記憶を失って居たのだ。自分に関する全ての記憶を…。
そしてそんな雲雀に全てを教えてくれたのが、
「恭弥っっ」
己に抱き着くこの女性。ベスティオーラファミリーのボス・ファルファッラだった。彼女は自分が雲雀恭弥という人間である事。ベスティオーラファミリーの幹部として働いていた事。そして彼女と……“恋仲”であった事を教えてくれた。
「急に居なくなるから心配したのよ!記憶だって戻っていないのにっ」
正直、今でもピンと来ない。まるで自分以外の第三者の事を教えられているような不思議な感覚。
けれど雲雀の中には、確かに『誰か』が存在したのだ。自分の命を掛けてでも守りたいと思う『大切な誰か』が…。
しかし、それが誰なのかも思い出せない。でも今の状況からするとその人物はファルファッラ以外には考えられないのだ。
記憶を失っても心に刻まれる大切な存在…。
そんな彼女の為に自分が出来る事。それは彼女の命を狙っているという歌姫を抹殺する事だった。
雲雀が記憶を無くした原因も、歌姫に攻撃されたファルファッラを庇ったからからだと聞いた。
「恭弥?どうかしたの」
「……否…」
全ての元凶、歌姫…。
(なのに、その歌姫を殺せなかった…)
頭に浮かぶのは最後に見た歌姫の涙…。彼女の涙を思い出すと胸が…、苦しい。訳の分からない感情に…、苛々する。
(あの存在は邪魔だ)
自分に取っても。ファルファッラに取っても。
雲雀は決意する。
(次は必ず…咬み殺す)
この手で…、歌姫を。
必ず――…。
嵐の訪れ
(邪魔する者は何人たりとも咬み殺す…)
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