スクアーロさんと別れて、会場に戻った直後の事だ。
「いい加減にしろ!!」
大きな怒鳴り声が響いて、私は肩を震わせる。
見ると声の主はラル・ミルチさんで、彼女と対峙するように、横一列に並んだ沢田さん達の姿があった。
その異様な光景に、一歩も動けなくなった私を笑顔で迎えてくれたのは、クロームさんとビアンキさんだ。
「…おかえりなさい」
「山本武は?一緒じゃなかったの?」
二人の姿に安堵し、私はホッと息を吐き出す。
「スクアーロさんと少しお話をされるとの事で──。
あの……、何かあったんですか?」
私が席を外した僅かの間に、一体何があったのか。
おずおず尋ねる私に、ビアンキさんは苦笑を浮かべた。
「気にするなと言う方が無理な話よね。
でも仕方がないの。ツナ達にとっても譲れない事だから、曲げる訳にいかないのよ」
神妙な面持ちで、そう話すビアンキさんの言葉で察しがついた。
私を歌姫に迎えたい沢田さん達と、私ではなり得ないと断言するラル・ミルチさん。
食い違う意見の対立が、またも両者を分断してしまったのだ、と。
「どうして沢田さん達は、そこまで私の事を──…」
出会ってさほど時間も経っていない私の事を、何故信じられるのか。
私自身ですら、いまだ信じられてないと言うのに…。
彼らの気持ちを理解出来なくて、苦しくなる。
表情を歪めた私の肩を、ビアンキさんが優しく撫でた。
「それはきっと、9代目が貴女の名を口にした事が大きいと思うわ」
「9代目って、沢田さんの前のボスの?」
「ええ。あの子達の話ではね、歌姫の候補者は他にも存在するそうよ。
けれど9代目が口にしたのは……貴女の名前だけだった」
長く続くボンゴレの歴史の中で、歴代ボスは二つの思想に派生すると言う。
一方は武力での戦いを好まず、その人柄により多くの部下に慕われる、穏健派。
もう一方は、圧倒的な力によって周囲を沈黙させる、武闘派。
「中でも9代目は典型的な穏健派と言われているの。
そんな彼が何の根拠もなく、無関係の人間を引き込むとは思えない」
ビアンキさんに言われて、納得した。
名を告げれば、本人の意思に関係なくマフィアと言う非現実と関わる事になる。
これまでのような平凡な日常は、きっと送れなくなるだろう。
それが私のような一般人なら尚更だ。
「ツナはその重大性を誰よりも分かってる。
あの子もかつてはマフィアとは関係のない世界で生きていた子だから」
ビアンキさんの瞳が、口論を続ける沢田さんへと向けられた。
「それに、あのXANXUSまでもがツナに手を貸した。
それは9代目が名前を選んだから、じゃないかしら」
「…でも、それだけが理由じゃない」
それまで黙ったままだったクロームさんが、突然口を開く。
驚き目を見開く私に、彼女は柔らかな微笑みを返してくれた。
「…名前、だから……。貴女だから、私は良いの…」
「クロームさん」
「それはきっと、ボスや骸様も…同じはず」
クロームさんの視線が、一人離れた場所に佇む骸さんに注がれて。
同時に、ビアンキさんが私達の肩をギュッと抱き寄せた。
「そうね。私もクロームと同じ気持ちよ」
二人の思いが嬉しくて、心が温かくなる。
だからこそ、余計に目の前で繰り広げられる言葉の応酬が辛かった。