このままではいけないと分かっていた。このままでは傍に居る入江さんまで傷つけてしまうと。
けれど、怒りや悲しみといった負の感情が私を覆って、自分では、もうどうする事も出来ない。
(……お願、い…誰か、私を――止めて…)
しかし、止めて欲しいと願う心すらも次第に負の感情に浸食され、善悪の区別がつかなくなる。
それはまるで、私ではない第三者が、勝手に力を暴発させているようだ。
(――お願い、誰か…)
どす黒い感情に全てが包み込まれようとした、その時だった。私の右手に誰かの手が重ねられる。
ハッとして顔を上げると、目の前には穏やかに微笑む入江さんの姿が。
「駄目、だ…名前……さん。負の、感情に…飲み込まれては…いけない」
喋る事すら困難な状態なのに、入江さんは強く強く私の手を握り締める。
「…僕なら…平気、です。だから、どうか気を確かに、持って…下さい」
彼の言葉と微笑みに、朦朧(もうろう)としていた意識が覚醒して来る。
それと同時に、私の周囲を取り囲んでいた強い風が、ピタリと止んで。
「――い、りえ…さん」
私の自我が戻った事を確認した途端、彼はホッと安堵の息を吐いて、それから静かに瞳を閉じた。
「入江さん?」
私の問い掛けに、彼は何の反応も示さない。嫌な予感が脳裏を過ぎる。
「入江さん!!しっかりして下さい!入江さんっ」
目の前が真っ暗になって、考えなしに入江さんの身体を揺すろうとする私に、顔を青くした沢田さんが咄嗟に駆け寄った。
「止めろっ、名前!!」
「っっ」
そして怪我をしていない右手首を捕み、勢い良く振り向かせてくれて。
そこでやっと沢田さんの姿を捕らえた私は、ポタリポタリと大粒の涙を溢れさせながら、目の前の少年にしがみ付いた。
「さ…わ、だ、さんっ」
声を上げ、まるで幼子のように泣きじゃくる私。
情けない大人だと思う。
けれど、目の前で仲間の倒れる姿や、自分の力が制御できなくなるというパニックに陥った所為もあり、頬を伝う涙は中々止まってはくれない。
そうこうする内、チェルベッロの一人が姿を現し、私達にこう告げる。
「申し訳ありませんが入江氏のターゲットマーカーを厳密にチェックしますのでお下がり下さい」
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