明らかに顔色を変えた私を見て、獄寺さんも何かを察したようだ。
「お前、ひょっとして──」
「!!い、いえ!その…、あの……」
勢い良く獄寺さんの言葉を遮ったは良いが、段々と尻すぼみになる。
祖母や父の知人にお世話になると決まってから色々な準備はして置いた。
食事の際のマナーは勿論、何かあった時の為にと用意した一張羅。
といっても予算に見合った品が見つからず、運良くバーゲンセールで手に入れた戦利品なのだけど。
そんな経緯で入手したあの服が、果たして高級店への入店を許可される代物なのか、正直自信はない。
おまけに用意したのは洋服のみで、その他のバッグや小物類は持ち合わせていなかった。
必要になったら現地で調達すれば良い、そう安易に考えていたから。
(まさか本当に必要になる何て……)
今から調達するにしても例の一件以来、屋敷の中でさえ一人での行動を禁じられている身だ。
外へ買い物に出るという訳にはいかないだろう。
食事のマナーに関しても、所詮は調べただけの浅知恵に過ぎない。
何からどう話せば良いのか解らず、思案していた時。
「何か困り事のようね」
凛とした女性の声が聞こえて、私は不意に顔を上げた。
目の前の獄寺さんが僅かに身体を強ばらせるのが解る。
不思議に思い様子を伺っていると、彼は顔をしかめつつ、背後を振り返った。
その視線を追いかけ私も目をやると、そこには先日知り合ったクロームさんの姿。
そしてその隣にはもう一人、見知らぬ女性がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。
「…何しに来たんだよ」
女性に向かって獄寺さんが問う。
声のトーンが少しだけ低く感じるのは気のせいだろうか?
「私もツナに呼ばれてるのよ。居て当然でしょ」
女性は何食わぬ顔でそう返すと、獄寺さんから私へと向き直る。
刹那、穏やかに微笑みかけられて、心臓が跳ねた。
「荷物に不備はなかったかしら?」
「え?」
一瞬何の事だか理解できなくて、私は瞬きを繰り返す。
けれど獄寺さんの態度や、どことなく似た雰囲気を醸し出す二人を見比べ、一つの可能性が浮かぶ。
「もしかして……、ビアンキさん、ですか?」
ここにきたばかりの頃、私の荷物を宿泊していたホテルに引き取りに行ってくれた獄寺さんのお姉さん。
「ええ。初めまして──で、良かったわよね?改めて、ビアンキよ。よろしくね」
「名字名前です。その節はお世話になりました。ありがとうございました!」
なかなかお会いする機会がなく、お礼を言いそびれたままだった為、直接伝える事が出来て安堵する。
それに一部の人から怖い人だと伺っていたが、優しそうな上、物凄く綺麗な人で驚いた。
「そう言えば何か困ってるみたいだったけど?」
「…名前、どうかしたの?」
こちらを気にかけてくれるビアンキさんとクロームさん。
私は躊躇いながらも二人に相談する事にした。
「実は正装用の服を日本から持って来ているんですけど、その…、あれで良いのか解らなくて…。
それに高級なお店に慣れていないので、皆さんに恥を掻かせてしまわないか、心配で…」
ドレスコードにせよ、マナーにせよ、その度合いは店によって様々の筈だ。
今日お邪魔するお店があまり厳しくないところなら良いが、解らない以上私では判断が出来ない。
「そうね、格式は高いお店ではあるわね」
「…私もあの場所は少し苦手」
2人の様子から察するに、ボンゴレ関係者行きつけのお店である事は間違いない。
そして、庶民の私には到底手の届かない高級なお店であろう事も。
明らかに落胆の色を見せる私に、クロームさんとビアンキさんがそっと寄り添ってくれる。
「…名前、大丈夫」
「そうね。そんなに気にしなくても何とかなるわよ。私達に任せなさい」
言うなり二人は両サイドから優しく、けれどしっかりと私の腕を掴んだ。
「あの、何を──?」
「……名前は心配しないで」
「そうよ。大船に乗ったつもりでいなさい。それじゃあ隼人、少しこの子を借りるわね」
「お、おい!なに勝手に──っ」
獄寺さんの静止を振り切り、二人は私を間に挟んだまま、ずんずん歩き出す。
一体何処へ連れて行かれるのか。
困惑しながらも、この時の私は大人しく二人に従うしか術がなかったのだった。