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02.目覚めた 力 **

偶然の出会いとは、きっとこの事をいうのだろう。
不思議な縁で知り合いとなった私達は、沢田さんの案内で彼が所有するという屋敷の中を歩いていた。
どこを見ても豪華な美術品の数々に、私はキョロキョロと視線を動かすばかり。
先程までお邪魔していた客間もそうだったが、私達が今歩いている廊下も相当なものだ。
長い廊下一面に敷き詰められているのは大理石だろうか?
私達が歩く度に靴音が反響して、実に耳心地がいい。

「そんなに珍しい?」

感心しきりの私を振り返り、沢田さんはくすりと笑みをこぼす。

「!す、すみません…!ジロジロ見てしまって…!」
「いや、構わないよ。俺も初めてここを訪れた時は、君と同じ反応をした覚えがある」
「ここはどなたか別の方のお屋敷だったのですか?」
「知り合いのね。ずっと第一線で活躍されていた方なんだけど、
 高齢という事もあって、彼が引退する時に俺がその跡を継ぐことになって…。
 その時にこの屋敷も一緒に受け継いだんだ」

こんなに大きなお屋敷を個人で所有していると言う事だろうか?
それに跡を継いだという事は、沢田さんも今同じ仕事に就かれているという事になる。
年格好からして、さほど私と変わらない筈なのに、一体何をされている方なのだろう?

「因みに、その先代が君のご家族と知り合いだった人」
「え?」

私はピタリと歩みを止める。
合わせるように前を歩く沢田さんも足を止め、私を振り返った。

「俺の父親がずっと先代の世話になっていて、その関係で知り合ったらしい」
「それじゃあ今回私の父が連絡を取ったのは──」
「そう。俺の父さん」  

にっこりと微笑んで、沢田さんは再び歩き出した。
私も慌ててその後を追いかける。

「本当は父さんが君を案内するって話だったんだけど、俺に任せて欲しいって頼み込んだんだ」
「え、っと…、それは、どうして?」

前を歩く沢田さんが再び足を止めた。
突然の行動に対応出来ず、私は彼の背中に思い切り鼻をぶつけてしまう。
赤くなったであろう鼻先をさすり顔を上げると、そこには茶色の瞳が目前まで迫っていて…。

「っっ」

そのあまりの近さに私の身体は硬直する。
瞬きすらも忘れて立ち尽くす私の頬に彼はそっと指先を伸ばし、こう囁いた。

「名前に──、逢いたかったから──…」

刹那、沢田さんに小さな変化が現れる。
すっと細められた茶色の瞳が、一瞬だけ琥珀色へと変わったように見えたのだ。
彼の纏う雰囲気も、それまでの穏やかなものから、真逆な印象へと様変わりしていて。
どこか懐かしいとさえ感じるその眼差しに、私は目が離せなくなる。

「…なんて、ね?」

茶化すようなその声で、ハッと我に返った。

「ごめん。ちょっと馴れ馴れしかったかな?」
「!!!…い、いえ…!そんな…!」

ブンブンブンと勢い良く首を振る私の姿を見て、沢田さんはおかしそうに笑う。
穏やかに細められた彼の瞳は……やはり茶色のままで。
色が変わって見えたのは、私の気のせいだったのだろうか?


◇ ◇ ◇

長い廊下を歩いていると、大きな扉の前に案内される。
沢田さんがドアを開けて中に入ると、そこにはスーツ姿の三人の男性が待っていた。

「10代目!!」
「ごめん待たせたか?」
「いんや。俺達も今来たとこだから気にすんな」
「…そいつか?ツナ」
「ああ」

一瞬にして三人の視線が私に注がれる。
まるで何かを吟味するかのような彼らの視線に、私はたじろいだ。
居心地の悪さに扉の前で立ち尽くしていると、

「ジロジロ見るのは止めろ。名前が怖がってる」

見かねた沢田さんが助け船を出してくれる。
「ごめん」と困ったように苦笑を浮かべる沢田さんに促され、私もおずおずと室内に足を踏み入れた。
彼に勧められ、その隣に腰掛けると、沢田さんが一人一人を紹介してくれる。

「俺の仕事を手伝ってくれてる獄寺くんと山本、そしてリボーンだ」

挨拶を交わして行く中、私は密かに驚愕していた。
ここにいる全員、驚くほど端正な顔立ちをしているではないか。
ひょっとすると沢田さんは、芸能関係者か何かだろうか?
顔面偏差値の高い集団に囲まれ緊張する私に、沢田さんは真剣な面持ちでこう続ける。

「──それで、ここからが本題なんだけど、名前、君には暫くこの屋敷に留まって貰いたいんだ」
「え?」
「今日逢った人達の事…覚えてるだろ?」

忘れたくとも忘れられる訳がない。
私は小さく頷いた。

「彼らはうちが所有してる”ある物”をずっと欲しがっていて、
 今日もその事でちょっと…揉めてたんだ」

揉めるというには些(いささ)か相手が所持していた代物が物騒過ぎると思うのだが。
如何せん海外での小競り合いだ。
沢田さんの口振りからしてもそんなに珍しい事ではないのかも知れない。

「あの時、君を庇った事で俺達の仲間だと勘違いした可能性がある。
 あの人達しつこいから、ひょっとすると今頃君の事を調べているかも知れない」

ぞわりと背筋に冷たいものが走る。
脳裏に過ぎるのは彼らが手にしていたあの”黒い塊“。

「宿泊してるホテルも身元を調べられる可能性があるから、出来れば直ぐに引き払って欲しい」
「す、直ぐに…ですか?」
「ああ。こっちでの生活については心配しなくて良い。
 俺の責任だ。全てこちらで援助させて貰うよ」
「そ、そんな…!」

幾ら親族の知り合いといえ、そこまで面倒をかける訳にもいかず、私は必死に首を横に振った。
けれど沢田さんも一向に折れる気配を見せなくて…。
彼が言うには、あのホテルは待ち合わせ場所から近く、私の身元を突き止められる確率が高いという。
確かにもしもの事を考えるならホテルには戻らない方が良いのかも知れない。
あんな怖い思いをするのは、もう御免だ。

「…分かり、ました」

私は渋々沢田さんの提案を承諾した。
もしも日本だったなら、彼の申し出はお断りしていたと思う。
けれどここは海外だ。
右も左も解らない私に選択の余地などありはしない。

「お世話になります」

深々と頭を下げる私の姿に、沢田さんは一瞬安堵の表情を見せた。
けれど直ぐに申し訳なさげに眉根を下げる。

「折角の旅行だったのに、俺のせいで台無しにして、ごめん」
「そんな!気にしないで下さい。
 私の方こそ、あの時は助けて頂いて──」
「え?」

驚いたように瞳を見開く沢田さん。
何かおかしな事をいっただろうか?

「覚えて、ないのか?」
「…な、にを……です、か…?」

困惑する私に、沢田さんは思案するよう顎に指先を添えた。
でもそれはほんの一瞬の仕草で、彼は直ぐに「いや…」と首を横に振る。

「お茶でも持って来ようか」
「いえ、どうぞお構いなく!」
「俺も何か飲みたくなって来たところだから、遠慮しないで」
「ツナじゃ話にならねーからな。客人の分はオレが淹れてやる」

ソファから立ち上がる沢田さんを追うように腰を上げたのはリボーンさんだった。
扉の向こうに消えていく彼らの後ろ姿を、未だ拭い切れぬ困惑の眼差しで私は見送ったのだった。


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あきゅろす。
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