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02.目覚めた 力

ふっと重い瞼を開けると、目の前には白く高い天井が広がっていた。

(……私、一体…)

どうしたのだろうかと必死に記憶を手繰り寄せる。
瞬間、頭に浮かんだのはこちらに向かって銃を構える黒尽めの男達。

(!)

一瞬にしてあの時の恐怖が蘇り、私は身体を振るわせた。
そういえば、一緒にいた男性はどうなったのだろう。
それにどうやってあの場から逃げ延びたのか、記憶がすっぽりと抜け落ちている。

コンコン

控え目なノック音に私は弾かれたように起き上がった。
扉を開け、中に入って来たのは私を助けてくれたススキ色の髪の男性。

「気が付いた?」

優しく声を掛けてくる男性に、私はほっと安堵の息をこぼす。
良かった、彼も無事だったようだ。

「身体の具合はどう?痛い所とかない?」
「は、はい。大丈夫です…」
「そう。もう起きても平気?」

私は小さく頷いた。
改めて辺りの様子を窺ってみる。
どうやら私の滞在しているホテルの一室とは違うようだ。
部屋自体はシンプルな造りだが、そこかしこに置かれた調度品はどこか高級感が漂う代物ばかり。

「のど渇いてない?水持って来たんだ」

傍らまでやって来た男性の手には、水の入ったコップと綺麗な水差しが乗ったトレイが握られていた。

「本当は誰か女性に頼んだ方が良いかと思ったんだけど、生憎、今出払ってて…」

すまなそうに眉根を寄せながら男性がコップを差し出してくれる。
私は躊躇いつつも、そのコップを受け取り、口を付けた。
カラカラだった喉の奥に、爽やかな液体が流れ込んで行く。
自分でも気付いていなかったようだが、相当喉が渇いていたらしい。
私は受け取った水を全て飲み干した。

「ありがとう、ございました……」

控え目にお礼を伝えると、男性は「いや」と小さく首を振る。

「あの、ここは…?」
「俺の家、みたいな所かな。だから安心して。
 念の為、もう暫くゆっくりして行くといい」
「あ、ありがとうございます。ですが私、待ち合わせを──」

そこではたと気付いた。
そう、私は待ち合わせの真っ最中。

「い、今何時でしょうか!?あれからどのくらい時間が経って…!」
「?そうだな、2時間くらいは過ぎてると思うけど?」

それを聞いた私は顔面蒼白。
その尋常ではない狼狽ぶりに男性の方も困惑の表情を浮かべる。

「どうかした?」
「あ、あの…っ、…私、ひ…、人を待たせてしまっていて…!」

オロオロと慌て、今にも泣き出してしまいそうな私の姿に、男性は一瞬瞳を丸くした。
それから何かに気付いたように「ぁぁ」と小さく声を洩らすと、突然肩を震わせ笑い始めたのだ。
これまでの会話の流れのどこに笑う要素があったのか、訳が分からず私は更に慌てた。

「ごめんごめん。そうか、まだ名乗っていなかったね」

ひとしきり笑ってスッキリしたのか、男性は目元に浮かべた涙を拭いつつ、私に向き合った。

「折角のイタリア旅行だったのに怖い思いをさせてごめん──名字名前さん」
「え?」

──どうして、私の名前を……?
刹那、一つの可能性が私の脳裏に浮かぶ。

『困った事があったら”彼“を頼りなさい』

そういって日本を立つ間際、父に渡された一枚のメモ。
そこに記されていた人の名は──。

「…沢田、綱吉、さん……?」

半信半疑でその名を口にした私に、目の前の男性はふわりと微笑んだ。

「ようこそ、イタリアへ」


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あきゅろす。
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