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06.跳ね馬 来る

翌日、笹川さんは笑顔で日本に戻って行った。
寂しい気持ちは勿論あったけれど「また会える」と言ってくれたその言葉を信じて私も笑顔で見送った。
また会えるその日まで、私は私の出来る事を頑張ろうと思う。

滞在期間が長くなるにつれ、任せて貰える事も少しずつ増えた。
その理由の一つに、私が言語に不自由をしていない事が上げられるだろうか。
何故ならここがイタリアだと忘れてしまう位に、この屋敷では当たり前のように日本語が飛び交っている。
私に気を使ってという理由もあるのだろうが、それにしては皆当然のように日本語を話していた。
日本人は勿論、イタリア人も多く働く中での事だったため、始めは不思議で仕方なかった。

けれどそのお陰で多くの人とコミニュケーションを取る事ができ、今に至っている。
仲の良いお手伝いさんも増え、多くの人が私に声を掛けてくれて。
私自身も少しでも役に立てるならと、簡単な作業を買って出るようにしていた。
出来る事など限られているし、そのほとんどが雑用ばかりだったけれど、
それでも任せて貰えることが嬉しく、私の日々のやる気に結びついていたのだ。

マフィアという特殊な社会だからか、このお屋敷で暮らす人々は多く、来客者も後を絶たない。
今日も会食を兼ねた会合が行われるそうで、屋敷内は朝から慌ただしかった。

「名前さん、ワイン15本とビール15本、それから日本酒も10本ほど追加の伝言お願い!」
「はい!」

まさに『猫の手も借りたい』が如く、目が回るほどの忙しさだ。
私も馴れないながらに、何とかサポート役に徹し、屋敷内を縦横無尽に駆け回った。

ようやく一段落ついたのは、会食が開かれる2時間前の事だ。
滞りなく準備が終わった事に私はほっと安堵の息をつく。
手伝ってくれたお礼にと、メイド長さんのお誘いで休憩室にお邪魔した私。

「名前さんもお疲れ様」
「ありがとうございます」

差し出されたカップから紅茶の良い香りが漂ってくる。
流石メイド長さんと言うべきか、彼女の容れてくれた紅茶はそれはそれは絶品だった。

(そう言えば…)

ひと息ついたその直後、私は朝から感じていた小さな疑問を思い出す。
始めは気のせいかとも思ったが、一人、また一人と挨拶を交わすにつれ、疑問は確信へ変化していった。

私が感じた違和感の正体。
それは今日に限って、やたら女性陣のメイクが濃いように感じるということ。
普段ナチュラルメイクの彼女達が一体どうしたというのか。
その疑問を一緒に休憩を取っていたメイド長さんに投げかけてみると、

「ああ、今日はキャバッローネファミリーとの会食が予定されてるから…」
「キャバッローネファミリー、ですか?」
「そう。ボンゴレの同盟勢力としては3番目に大きな組織でね、とても重要なファミリーの一つよ」

成る程。それならば失礼のないよう、身だしなみを心掛けるのは当然の事だろう。
素直に納得する私に「それにね…」と控え目に言葉を続けるメイド長さん。

「キャバッローネのボスがとっっっても素敵な方でね〜♪
 おまけに独身!若い子の中にはあわよくば正妻の座を狙ってる子もいるんじゃないかしら」

そう話す彼女自身も、よく見ればバッチリメイクで決まっている。
ちらりと周りの様子を窺えば、確かに会合の時間が迫るに連れ、皆ソワソワと落ち着きがなくなっている。

沢田さんを筆頭に容姿の整った面々が揃うボンゴレファミリー。
彼等と共に暮らし、イケメンと呼ばれる男性への耐性は備わっているであろう女性陣。
そんな目の肥えた彼女達を虜にしてしまうキャバッローネファミリーのボスとは一体?
浮き足立つメイドさん達を横目に、私は静かに紅茶を啜(すす)るのだった。


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あきゅろす。
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