「ワオ」
凜と響くテノール。
「君、素晴らしいね。こんなに綺麗に並盛の校歌を歌う子は初めてだ」
切れ長の漆黒の瞳が私を静かに見下ろしていた。
私は全身を強ばらせる。
(この人、いつから私の後ろに…)
人の気配など今の今まで感じる事すらなかったというのに…。
しかも、これまでこんな男性を屋敷内で見た事があっただろうか?
答えは──否だ。
刹那、頭に浮かんだのは銃を構える黒尽めの男達。
一瞬にして緊張が走る。
「でも音程が一部間違ってる。僕が直々に正そうか…」
「!」
チャキリ
男の手にはいつの間にか銀色の棒のようなものが握られていて、私は恐怖する。
やはり、あの時の黒尽くめの男達がやってきたのかと。
「…ほら、もう一度奏でてごらんよ。でないと──咬み殺すよ?」
少しずつ距離を縮める男。
一歩、また一歩と私は後ろに後ずさった。
恐怖と混乱で握り締めた掌が湿り気を帯びる。
助けを呼ぼうにも、獄寺さんも山本さんも側には居ない。
自分でどうにかするしか他に方法はなかった。
けれど、そんな私を助けてくれるものがいた。
「ヒバリ ヒバリ」
あの黄色い小鳥だ。
小鳥は慣れた様子で男の周りをパタパタと飛び回る。
「ウタウ ウタウ」
「…別に君に歌って貰いたい訳じゃないんだけど?」
「ミ〜ドリタナビク〜」
「…」
「ナミモリノ〜♪」
「ハァ」
歌いながら旋回を続ける小鳥の姿に戦意喪失したのだろうか。
男は小さく溜息を洩らすと静かに武器を収めた。
状況が飲み込めない私は、ただただ黙って様子を窺う事しか出来なくて…。
「雲雀、こんな所に居たのか。早く沢田達の所に──、ん?その女子は…」
その時、再び見知らぬ男性が姿を現す。
黄色いシャツが特徴的な短髪の男性。
でもこの人は私の事を知っているようだった。
それに一瞬だったが、男性の口から沢田さんの名を聞いた気がする。
一か八か、ここは賭けに出てみるのも手かも知れない。
私は意を決し、自分の名を告げてみる事にした。
「…数日前からこちらでお世話になってる名字名前と言います」
「おお、そうか!やはりお前が……。俺は笹川了平だ。宜しく頼むぞ!」
どうやら悪い人ではなさそうだ。
太陽のような眩しい笑顔に、緊張の糸がほどけて行く。
ふっと身体の力が抜け、その場にしゃがみ込みそうになった私を誰かが咄嗟に支えてくれる。
「しっかり立ちなよ」
私の腰に腕を回し抱き止めてくれたのは黒髪の男性だった。
「す、すみません…。ありがとう、ございます」
恐る恐るお礼を述べる私の元に、慌てた様子の笹川さんが駆け寄って来る。
「どうした!大丈夫か!」
「は、はい。…その、怖い人が来たのかと思って気を張っていたので、安心したら力が抜けてしまって…」
「なにぃ!!雲雀ぃ!まさか貴様、怖がらせるような事をした訳ではないだろうな!」
「…そんな事して僕に何のメリットがあるんだい?」
「ひ、ばり?」
聞き覚えのある名前に、私は黒髪の男性を見上げた。
彼の肩では黄色の小鳥が安心した様子でその羽を休めている。
小鳥が何度となく繰り返していた『ひばり』というのは、小鳥自身の名前ではなく──。
「おい雲雀。いい加減貴様も自己紹介くらいしたらどうだ」
じれたように笹川さんが促す。
私を抱き止めたままの男性は吸い込まれるような真っ直ぐな瞳で私を見下ろし、
「………雲雀、恭弥」
そう囁く雲雀さんの瞳がほんの一瞬だけ緩やかに細められたような気がした。