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01.舞い降りた 歌姫 **

小さな商店街の福引きという事もあって、用意出来る旅行券はたった一人分。
それを知らされた私は丁重にお断りしようと考えた。
裕福とは言い難い家庭で育った私にとって海外旅行など夢のまた夢。
これまで経験した事のない未知のものだった。
一人分と言うことは見知らぬ土地で独りきり。
言葉さえ解らぬまま、たった一人で数日間も滞在するなど考えられる訳もなく…。
残念に思いながら、私はそのまま帰路についた。

「行ってらっしゃいよ、イタリア旅行」

しかし帰宅した私を迎えたのは、そんな母の一言で。

「凄いじゃない!折角だから行って来なさいよ名前ちゃん♪」
「でも…」
「この先海外旅行なんて行けるか解らないのよ。勿体ないじゃない〜」

母のいうことは最もだった。
これを逃せば、この先海外になど行ける事はまずないと思う。
それでもやはり独りきりの海外旅行の不安の方が大きく、私はなかなか決断出来ずにいた。

「…行き先は、イタリア……だったな」

そんな私を見て、それまで黙ったままの父がポツリと呟く。

「うん、そうだけど…」

私の返答に、一瞬だけ躊躇った様子を見せた父。
けれど何かを決意したように立ち上がると部屋の奥へと消えて行った。
それから暫くして戻って来た父が驚く事を口にする。

「行ってきなさい」
「え?」
「向こうに父さんの……知り合いが居るんだ」
「お父さんの?」
「ああ。今その人に連絡を入れてみたら、是非お前を案内させて欲しいと言ってくれたよ」

私の元まで歩み寄ると、父は私の肩を優しく叩く。

「だから行ってくるといい」

そういって微笑む父の表情は、どこかとても哀しげで。
ふと脳裏に電話を掛けに行く前の父の姿が蘇った。
どうして一瞬躊躇ったのか、どうしてそんな顔をしているのか。
聞きたい事は沢山あったけれど、私は小さく頷いた。

「楽しみね、名前ちゃん♪」
「…うん」

こうして両親に背中を押され、私は一人遠いイタリアの地へ赴く決意を固めた。
しかし、この“突然舞い込んだ幸運”が、後に自分の運命を大きく変える大事件に発展するとは、
この時の私には想像すら出来なかったのだった。


 ◇ ◇ ◇

それから瞬く間に時は過ぎ、私は今イタリアの地に立っている。
父の知り合いだという人との待ち合わせ場所。
指定された時間には、まだ少し余裕がある。
自分で決めた事とはいえ知らない土地に一人きりというのは、やはり心細いものだ。

(…まだ、いらっしゃらないかな……)

私は無意識の内に首から下げたペンダントを握り締める。
大好きだった祖母の形見で、私の宝物。
透明な硝子の中に、七色の小さな石がはめ込まれた、シンプルな作りのリングペンダント。

『お守り代わりとして持って行きなさい』

普段はお祝い事などで身につける事が多いのだけど、今回何故か父に持たされた。

(こうして握り締めてると落ち着くんだよね)

思えば幼い頃からそうだった。
私が物心つく前、祖母がまだ健在だった頃。
なにをやっても泣き止まなかった私が、このペンダントを握らせると不思議と笑顔になったのだと祖母が話していたのをよく覚えている。
祖母が亡くなり私がペンダントを譲り受ける事になったが、普段は父が保管しているためこんなに長く手元にあるのは珍しい。
初の海外だからなのか詳しい理由は分からない。
けれど今は父の心遣いが有り難かった。

くるくると指先でペンダントを遊ばせていた時だ。

『………』

不意にペンダントが熱を帯びた気がして、長く握り締め過ぎただろうかと私は咄嗟に手を離した。
けれど胸の辺りはポカポカと暖かいまま。
不思議に思って視線を下げた私は、我が目を疑った。

「え?」

ペンダントが輝いているように見えたからだ。
ぼやけたような、ほんの僅かな光。
けれどそれは、まるで何かを示すように一筋の光の道を作って。

“誰かに呼ばれている”

そんな予感を感じ、気付くと私の足は動き出していた。
行き先も解らない、どこか彼方へ向かって。


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あきゅろす。
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