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猫の住む町
番外編8


 テレビを見ていた子猫たちが慌しく走ってきたのは、金時が出勤の支度を始めようかと重い腰を上げたばかりの頃だった。転がるように飛び込んできた二匹は、星屑のように瞳をらんらんと輝かせてこちらを見ている。あまりいい予感はしない。

「どうした?」

 柔らかく微笑んで抱き上げてやれば、二匹はとても嬉しそうににゃぁと鳴きながら擦り寄ってきた。相変わらず、素直で愛らしいことだ。

「あのね、あのね、おとしやま!」
「うん?」
「おとしだまっ!あげる!」

 また何か見たな、と苦笑しながら金時がつきっぱなしのテレビを覗くと、お正月の特別番組で特集されていたポチ袋の紹介が終わったばかりだった。

 最近のポチ袋は豪華なもので、自分が知っているのはアニメやイラストが印刷されただけのただの小さな袋だった。だが今は色々と凝った絵柄だったり飾りがついていたり、それだけで十分高額だろうと思うようなものばかりだ。

「へぇ・・・」

 家族というものに馴染みの無い金時にとって、お年玉というものの有難みというものがよく分からない。確かにクラスの友人たちは、両親や久しぶりに会う親戚に幾ら貰ったとか、総額いくらだったとか、そんなことで盛り上がっていたと思う。

「あのふくろに、なにかいれたらいいの?」

 お年玉というものが根本的に分かっていないんだなと金時は苦笑しながら、次の三分クッキングに移ったテレビを消す。二匹を抱えたまま洗面台へ向かい、ふわりと散らばった金髪を撫でた。

「そうだなぁ、・・・そもそも、お年玉って何か知ってる?」
「うんとね、ちっちゃいふくろに、なにかいれてあげるの」
「まぁ、間違ってないかなぁ」

 子猫にお金という概念は無いだろう。以前、金時の財布で遊んで小銭や札を撒き散らかしてくれたくらいだ、よく分かってないに違いない。
 だが、教えたところで理解出来るかも分からないし、上手く説明できないだろう。どう言えば納得するものかと考え、金時は頭を悩ませる。

「ねーえー、きんー」

 銀にシャツの裾をぐいぐい引っ張られ、金時は困ったように眉を寄せる。トシはそんな白猫の隣で嬉しそうににこにこしている。

「えーっとねぇ、お年玉・・・そうだね、ちっちゃい子に、プレゼントをすることかな」
「ちっちゃいこ?」
「なにをあげるの?」
「うーん・・・人間は、お金っていうのをあげるんだけど、銀たちには必要ないからなぁ」

 部屋着であるシャツを脱ぎ捨て、スーツを身に着けながら金時は首を傾げる。それを真似るように、二匹もんー?と同じく首を傾げてみせた。
 じゃらじゃらと光る銀色のネックレスを首にかけて、指輪を通す。最後に、お気に入りの香水を振り掛ければ、二匹がそれいや!と顔を顰めた。

「きんちゃ、くさい!」
「やだ!」
「あはは、・・・ごめんね?」

 普段は数多の女性を虜にするその香りを、臭いから嫌いと言われて金時は思わず吹き出してしまう。お仕事だから仕方ないのと、二匹の頭を柔らかく撫でてやれば、少しだけ不服そうな顔をして手のひらを舐めてきた。

「お金じゃないもの・・・例えば食べ物とか、貰って嬉しいものを、小さな子にあげるようなものと同じかな。自分より小さい子に優しくしてあげるんだ。その子が喜んでるのを見たら、嬉しくなるでしょ?」
「んー」
「ふふ、分かんないかな、まだ」

 なにせ、その定義で言えば銀たちが「小さい子」なのだ。まだ分からないのも当然かもしれない。だが少しだけ納得したような顔した二匹をもう一度優しく撫でて、金時は玄関へと向かった。

「じゃあ、行ってくるね。外に出てもいいけど、道路に出ちゃ駄目だよ」
「あい!」
「いってらっしゃい!」

 ばいばい、と一生懸命手を振る二匹にひらひら手を振り替えして、金時は玄関に鍵をかけた。

 そして、残された子猫たちは金時から教えて貰ったお年玉というものについて考え始めた。テレビで言っていたのは小さな袋に何かを入れることで、金時が言っていたのは貰って嬉しいものをプレゼントすること。二匹はうんうん唸りながら冷たい床の上をうろうろ歩き回った。

「うれしいものってなぁに?」
「としは、なにもらったらうれしい?」
「うんとねぇ、まよー」
「・・・そっか」

 それはトシだけだと思うなと銀は苦笑したが、小さい黒猫が目にいっぱい涙を溜めて否定してくることは目に見えていたので、懸命にも黙っておいた。

「まよをあげるの?」
「うーん・・・」

 違うとも言えずに黙っていた銀を置き去りに、トシは嬉しそうにキッチンへと走っていってしまった。このまま放っておくと何をするか分からないので、銀も慌てて後を追う。

「とし!」
「んー、にゃっ!」

 がちゃ、と勢いをつけたお陰で開いた冷蔵庫に顔を突っ込み、トシは必死になってマヨネーズのボトルを引っ張り出していた。あららと銀はため息を吐いたが、バランスを崩して転んでしまっているトシを助けるべく駆け寄る。

「それ、どうするの?」
「あげるの!」
「だれにあげるの?」
「うんとねー・・・あれ?」

 小さい子、という定義はトシには分からないのかもしれない。うーん?と首を傾げてしまったトシに苦笑しながら、銀は頭を使って冷蔵庫の扉を閉める。

「おとしだま、あげたいよね」
「うん!」
「じゃあ、いこ」
「どこいくの?」

 おそとはさむいよ、とトシは不安そうに小さく鳴くので、銀はその頭をくしゃくしゃと撫でてやりながら、自信満々に笑顔を浮かべた。

「ついておいで」
「あい」

 銀のすることに間違いは無いと信じているトシは、よい子のお返事で右手をぴっと挙げた。






 二匹の子猫に絡まれている子兎は、ぶぃぶぃと泣きながら謎の生命体にしがみ付いている。

「こたろ、なかないで」
「ほら、こっちむけって」
「いやっ!」

 つん、とそっぽを向いて、ケージの外からこちらを眺めている銀とトシに背を向ける小太郎を、エリザベスはよしよしと撫でていた。

 何かあった?と書かれたプレートをどこからか取り出したエリザベスに、何故かそれが理解出来るらしい子猫たちは興奮したようににゃぁにゃぁ騒いだ。

「おとしやまなのっ!」
「ちっちゃいこに、いいものあげるんだ」
「こたろ、よころぶ?」

 その両手には、彼らがよく部屋で遊んでいるぼろぼろのぬいぐるみが抱かれていた。それをぐっと差し出しながら、その迫力を怖がって逃げている小太郎の腕を掴もうとケージに手を差し込んでいる。

「やぁあー」

 いきなり現れた二匹の子猫に強引に引っ張られようとしている、という事実に、小太郎は泣き出してしまう。だが事情が分かったエリザベスはその頭や背中を何度も撫でながら、再び差し出したプレートに、何も怖くないよと書いていた。

「こぁくない?」

 小さく頷くエリザベスと、きらきらしている瞳でこちらを見ている子猫たちを交互に見つめ、小太郎は恐る恐るケージの中を移動する。

「・・・なんだ?」
「これ、あげる」
「こぇ、なに?」

 散々遊びまわったお陰であちこち解れて綿が零れそうになっているが、それはピンク色をした兎のぬいぐるみだ。びくびくしながらそれを受け取った小太郎は、何度も二匹とぬいぐるみ、それから背後のエリザベスに視線を彷徨わせる。

「おとしやま!」
「・・・おとしやま?」
「ちっちゃいこに、おくりものするんだって」
「・・・ちっちゃくないぞっ!」

 小さいと言われたことに腹を立てたようで、ふんと鼻を鳴らした小太郎だったが、ぬいぐるみは嬉しかったのだろう、ぎゅっと抱き締めながらエリザベスの下に戻っていった。
 白い手に優しく撫でられ、お礼は言ったのかと聞かれ、小太郎はあっ、と声を上げた。

「あ、ありあと!」

 どうやら喜んで貰えた、ということは分かったのだろう、二匹の子猫は嬉しそうににゃぁと泣きながら、小太郎にばいばいと手を振って転がるようにペットショップを出て行った。
 それを見送りながら小太郎は、くたびれたそのぬいぐるみを、嬉しそうに抱き締めた。

「・・・プレゼントかな」
「子猫も色々考えるんだねぇ」
「金さんの影響ですかね」

 そして、そんな光景を黙って眺めていた店主の長谷川と店員の新八は、微笑ましい様子にほんわかと空気を緩めながらのんびりと午後の時間を過ごしていたのだった。







 余談ではあるが、お年玉に縁が無かったという金時の目の前に、お登勢から随分と分厚いポチ袋が送られたのは、仕事を終えた明け方近くの頃のことだった。

「え、何コレ」
「お年玉だよ。どうせアンタろくに貰ったことないんだろ」

 まさか、子猫たちに説明していたものが自分にも貰えると思っていなかった金時は、思いがけぬその贈り物に随分と驚いた。そして、そんな自分の幼い頃の気持ちを理解してくれていた彼女に酷く感激しながら、金時はそれを大事そうに抱え込んだのだった。





玲様リクエスト、「お年玉をあげたいと言い出す猫」でした。
お金という概念は動物には無いと思ったのでこうなりました。
リクエストありがとうございました!






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あきゅろす。
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