偽りの名前、偽りの生。
逃亡の果てに行き着いた場所は
嘘で固められた世界。
容姿も性格も家族も“私”という存在を作り出す嘘。
大切な人たちにさえ嘘をついて。
全てを捨てられないから、全てを捨てて生きていく。
あの日に誓った約束は私の心の底で眠らせて。
いつか、あの誓いが目覚めた時
世界はゆっくりと壊れていくのだろう。
それは破滅へのPreludeか
新しい世界へ向かうMarchか──
パンっと乾いた音を響かせてライアー目掛けて弾が発砲された。
(ライアーっ!! ライラーーーっ!!)
ルルーシュは無意識の内にライアーとライラを重ね、その名を絶望の中で叫んだ。
キィン──と。
ルルーシュが瞳を閉じた瞬間、聞こえたのは金属を弾く音。
「ぎゃあっ!」
「うぁああっ!」
続けて何かを斬る音に男の叫び声。
(……一体、何だ…?)
訳がわからないまま目をやったルルーシュが見たのは。
「……詰めが甘い。」
敵を倒して凛々しく立つライアーの姿。
「叫ばないでよ、煩い。
致命傷を与えなかっただけマシでしょう。」
ライアーに斬られ呻く男達を見下ろし、心底欝陶しそうに吐き捨てる。
「な、何…でっ!?」
そんなライアーに傷を押さえながら男の一人が問う。
「あなたが武器を捨てろって言ったからよ。
馬鹿よね、武器をしまえと言うべきだったのに。」
「ど…いう事だ…?」
ライアーの言葉を理解出来ないという顔で聞き返す男をライアーは嘲笑うように見下ろしたまま話す。
「刀は光を反射する。あちら側に向かって投げれば瞬間、あなた達に光が当たる事になる。」
「そ、それだけで…?」
「戦場では一瞬の出来事も充分な情報になる。
それすらもわからないようなら戦場に出るべきではないわ。」
シュッと風を切り刀をしまう。
「し…しかし、この近距離で弾を避けるなど…っ!
それにその武器はどこから…。」
「煩いなぁ、説明しなきゃわからない?
これはあなた達、日本人の作った武器でしょう?」
「な…に……、お前、今…?」
「わからないの? これは日本刀よ。
ついでに小太刀なら隠す場所はいくらでもあるわ。」
面倒くさそうに説明するライアーに男達は目を見開いたまま言葉を紡ぐ。
「ち、違う…日本刀なのはわかるが、今…お前、俺達の事…日本人って……。」
「ん、日本人でしょ? 違ったの?」
「違わない。だが、ブリタニア人は皆、日本人とは呼ばない。」
そう言った男の顔は悲しそうな色をしていた。
「そう言われてもね。日本人だから日本人だって呼んだのよ。
ブリタニア人だからってイレブンって呼ばなきゃいけない事はないでしょう。」
そう言うとライアーは男達の前に座り傷を縛っていく。
「……………。」
男達は無言でただ大人しくライアーのする事を眺めていた。
(馬鹿な、敵の傷の手当てをしてるのか!?)
ルルーシュは動けない身を歯痒く思いながら眉を顰める。
「私がつけた傷だから応急手当くらいはしておくわ。」
「何故、助けるような真似を…?
オレ達は嬢ちゃんを殺そうと…。」
「だって、もう攻撃は……しないでしょう?」
とても穏やかなライアーの口調。
「それに私は今、生きてる。それだけで充分じゃない。」
少しだけ自嘲なような微笑みを浮かべて話す。
「まあ、半分以上は私のエゴだけどね。
誰かが死ぬのは……もう見たくないから。」
哀しみが色濃く刻まれたライアーの瞳。
まだ少女と呼ぶ年齢の大人びた彼女は、イレブンと蔑む人達とは違って見えた。
「……悪かったな…。」
「攻撃しといて何だが……お前は怪我、してないか?」
非を認めた男達はライアーに謝り、心配をする。
「私は大丈夫よ。あなた達はお人好しね。」
「嬢ちゃん程じゃない。」
「そうだな…と、そうだ。
お前が心配している人質にした少年も無事だ。」
「うん、わかってるわ。」
男達の言葉にライアーはさらっと笑顔で返す。
「わかってるって…。」
「血の臭いがしなかったし、日本人って優しい人が多いから。」
疑問を投げ掛ける男に答えるようにライアーが話す。
先程まで戦っていたとは思えない穏やかな空気。
これはライアーが作り出したもの。
その光景をルルーシュは呆然と見つめていた。
(強さと優しさを兼ね備えた者、か。
ライアー……お前は一体、何者なんだ?)
「ライアー、お前が今まで俺達に見せてた姿は偽りなのか?」
縄を解いているライアーを真っ直ぐに見つめ問うルルーシュ。
「偽りだと思いますか?」
自分の問いに問いで返すライアーに少し苛立ちを感じルルーシュは声を荒げる。
「偽りだなんて思いたい訳じゃない!
だが、現にさっきと今では話し方すら違う!」
これで偽りでなく何なのか! そう言いたげなルルーシュの瞳は戸惑いで揺らいでいた。
「……偽りですよ、私という存在全てが。」
「……っ…。」
「違うと言ってほしかったですか?
でも、これが真実です。」
信じたくないという顔をするルルーシュにライアーは容赦なく言い放つ。
「何の…為に……?」
ルルーシュはやっとの思いで質問を投げ掛ける。
「生きていく為……そして大切な“約束”を果たす為です。
それ以上は言えません。」
静かに答えるライアーにルルーシュは静かに瞳を閉じる。
「……俺も人の事を言えた義理ではないな…。」
ポツリと呟かれた言葉には聞こえないふりをした。
「悪かったよ。
今のライアーが偽りの姿だとしてもライアーはライアーに変わりはないのにな。」
「え?」
意外な言葉にライアーは目を見開いてルルーシュを見つめる。
「偽りの姿でもお前はお前でしかない。
そうだろう?」
(ルルーシュ…貴方は本当に……。)
何かを思い出すように数瞬、瞳を閉じるライアー。
「ありがとう。」
瞳を開けて偽りではない微笑みをルルーシュに見せた。
その驚く程に綺麗で純真な姿にルルーシュは顔を赤らめ、片手で顔を隠した。
「…? どうしました?」
その態度を不思議そうに首を傾げて見つめるライアー。
「な、何でもない!
ライアーが急に礼なんか言うから驚いただけだ。」
「あら、失礼ですね。
まるで、礼なんか言わない人間みたいじゃないですか。」
「そうは言っていない。
案外、捻くれた捉え方をするんだな?」
片眉を寄せて不服そうに言うライアーにルルーシュは笑いながら嫌味を言う。
「言いますねえ。
でも、ありがとうともう一つ……ごめんなさいを言わなくてはいけませんね。」
くすくすと笑いながら、ライアーは声のトーンを落としてルルーシュを見る。
「…ライアー……?」
ライアーの態度を不審がるルルーシュ。
「本当は今日あった事、全てを、と思ったけど……。
私も甘さを捨て切れないみたい。」
「どういう意味だ?」
ふわりとライアーの髪が風に舞い、ライアーの表情が良く見えない。
「あなたが偽りの私でも良いと言ってくれたから……今日の出来事すべては消せない、消したくないけれど。」
風が止み、気付けば間近に迫っていたライアーの瞳がルルーシュの瞳を捕える。
「…ライアーっ!?」
思わずルルーシュが叫んだライアーの瞳は赤く。
「今日、あなたが見た私の戦いは忘れて。」
「…あ…ぅ……ライアー…ライラ。」
自分の真実の名を呼びながら意識を失うルルーシュを受け止める。
ライアーの赤い瞳には、うっすらと涙が浮かぶ。
「ごめんね、ルルーシュに力は使いたくなかった。
でも、まだ“私”を知られる訳にはいかないの。」
気を失ったルルーシュを抱きしめながらライアーは呟く。
「いつか、真実を話せる日まで嘘をつく事を許して……ルルーシュ…。」
そうして、長い一日は終わりを告げた。
次の日。
ライアーとルルーシュは昨日の事件を表沙汰にはしなかった。
その為、昨日は二人揃って授業をサボった事になっている。
「ルルーシュ〜、昨日はどこ行ってたんだよー。」
朝からルルーシュはこの質問を何度となくされ、うんざりしていた。
「おはようございます。」
そこへ噂の片割れであるライアーが入ってくる。
『何であんな子がルルーシュくんと…。』
『どうやって取り入ったんだか。』
『どうせお金でしょ。』
ライアーに対して敵意を剥き出しにする女子達。
わざと聞こえるように言っているのがわかる。
これにはルルーシュを質問ぜめしていた生徒会メンバーも固まっている。
(あからさまね、それがルルーシュの悪口になってる事に気付いてんのかしら。)
ライアーがお金でルルーシュに取り入ったとしたら、ルルーシュはお金で動くような男という事になる。
ティルナは悪口を言う女子達の馬鹿さ加減に溜め息を吐いた。
「何かこういうのって気分悪いよなー。」
「そうよ! 言いたい事があるなら直接言えば良いじゃない!」
「ライアーちゃんは悪くないと思う。」
固まっていたリヴァル、シャーリー、ニーナが口々に言う。
「ニーナの言う通りね、ライアーはそんな事する子じゃないもの。」
「そうですよ。」
どこからか現れたミレイとナナリーも同意するように口を挟んだ。
さすがのライアーも驚いたように目を見開く。
「…ライアー、やはり昨日の事、かい摘まんで話した方が良いんじゃないか?」
いつの間にか近くに来ていたルルーシュがライアーに小声で話し掛ける。
「いえ、いくら話し合いで解決したとはいえ表沙汰にすれば罪に問われますから。」
ライアーの戦いを覚えていないルルーシュの中で昨日の事件は必死の説得で解決した事になっている。
「そうか…。だが、この状態では攻撃してくる可能性があるぞ。」
ルルーシュは生徒会メンバーに窘められながら、なおもライアーに向けられている悪意の視線に眉を寄せる。
何とかしたいのは山々だが、自分が動けば女子達の神経を逆なでする事になるだろう。
「構いません。気にしないですから。」
「……………。」
心中を察してライアーは笑顔で答えるが、ルルーシュは納得いかないという顔をする。
(優しいルルーシュに気にするなと言う方が酷かな。)
ライアーは再度、溜め息をつくとルルーシュに小声で話し掛ける。
「ルルーシュさん、今日の放課後までに昨日一日かけたというくらい豪華なパーティの準備は出来ますか?
内輪程度で構わないですから。」
「え、ああ…内輪程度なら咲世子さんに協力してもらえるし可能だが。」
「では、準備をお願いします。」
ライアーの質問に戸惑いながらも答えを返すルルーシュに微笑んでからライアーは生徒会メンバーの所に行く。
生徒会メンバーは未だに女子達を窘めていた。
「ナナリーちゃん。昨日の電話、覚えてますか?」
ライアーは女子達の視線も気にせずナナリーに話し掛ける。
昨日、咄嗟についた嘘だが利用しない手はないだろう。
「もちろんです。
私がライアーさんを招待した夕食の為にお兄様が準備して下さったんですよね。」
「はい、それが昨日の電話の後に私も一緒に準備したら大事になっちゃって。
良かったら生徒会メンバー全員でパーティにしませんか?」
「まあ、そうなんですか?
ふふ、お兄様とライアーさんが準備して下さったんですもの。喜んで。」
「良かった。じゃあ、詳しい説明はナナリーちゃんに任せて良いかな?
私とルルーシュさんは最後の仕上げがありますから。」
「わかりました。」
頷くナナリーに微笑んだ後、ライアーは皆にわからないようにルルーシュを見る。
ルルーシュは『流石だな』と言わんばかりに小さく笑った。
こうして誤解もとけ(正しくは誤魔化せて)いつもの日常に戻る。
だが、ティルナの中では明らかな変化があった。
(ルルーシュ……あなたのお陰で決心がついたよ。)
青く澄んだ空を仰いで背筋を伸ばす。
(ルルーシュが偽りの私のままでも良いと言ってくれたから。)
前へ向かって足を一歩踏み出す。
(さあ、これからは私も動き出そうか。)
偽りの私のままで。
本当の“私”を取り戻す戦いへ──。
2007.10.14.初出
2020.5.14.再掲載
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