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繋ぎ、繋ぐ物語
42

「ふっ!」

「はあー!」

 竜と元親は、舞っていた。

「らあっ!!」

 彼らは、果てとも終わりとも知れぬ戦いをしていた。

 互いの思いをぶつけていた。

 宙を舞った竜は空中で反転すると、その間に持ち手を変えて短剣を突き出
した。

「はっ」

「ちぃっ」

 元親は八流でそれを弾くと、露わになった華奢な腕を掴もうとした。しかし、
竜はその腕を大きく後ろへ振り下げ、その反動を利用して足蹴りする。

 お陰で肢体があられもなく曝け出されるが、そんなことなどお構いなしだ。

 繰り出された相手もそのような事を考えている暇などない。咄嗟に、掴もうとして
いた腕でそれを防ぐ。

 元親が再び竜を捕らえようとするのを、竜は短剣を投げつける事
によって逃れた。

 八流が短剣を弾く。

 竜は、元親から少し離れたところへ着地した。これで、竜の手元
には武器がなくなった。元親も八流を手放すと、一気に間合いを詰めて拳を見舞っ
た。

「くぅ……!」

 竜は両腕を交差させてそれをいなしたが、砂浜へ叩きつけられることは免
れなかった。

「あ、兄上……!」

 親益が、心配そうに声をあげる。

「ぁあ……!」

 急いで起き上がろうとして、竜は突然の痛みに悲鳴を上げた。

 身体中が寒気でどうかなりそうだった。だが、此処で立たねばこの先如何なると、
必死に立ち上がろうとする。

 竜は己を奮い起こすと、再び元親へ向かって蹴りを加えた。

 元親はいとも簡単に弾き返した。

 再び一進一退の攻防が続く。変わったのは、武器が使われなくなっただけだった。

 しかし、いくら竜がすばしっこさを武器に攻撃を仕掛けようとも、体格差
のあり過ぎる相手を前にして、武器がないというのはあまりにも不利だった。

 そのようなことなど百も承知と、それでも竜は戦った。

 生きる為。それが全てだと、全てはその為にと。でなければ、何の為に沢山の人を
殺してきたのか。何の為に元親を頼ったのか。

 何の為に今、病をおして元親と戦っているのか。

 全ては、生きて願いを叶える為に。

 そう思い詰めてから、とある事に気付き竜は心の中で自嘲した。

 何が、沢山の人を殺してきたのかだ。今の今まで、それを一度も哀しく思ったこと
などないというのに。

 それが当たり前だったというのに。

 確かに、終わりのない殺戮に痛みはあった。だがそれは、人を殺すというより、終
わりのないという事に重きがあった気がする。

 だが。

 くだらい。きっと、長曾我部の考えが移ってしまったんだ。

 と、今までの思考を薙ぎ払った。

 しかし、寒気による震えや、矢を受けた背中や肩の痛みが苛む。竜は、軋
む身体にそろそろ限界を感じた。

「らあーー!!」

 これで最後だと、渾身の力を込めて、元親の顔面目掛けて拳を振り上げる。ふと、
昔安らぎをくれた老婆の姿が脳裏にチラついた。

「ぁ……」

 突如として、身体が凍りつくのを感じた。

 身体が、動かない。世界が暗転して、何もかもが地へ堕ちていくような。

『まだ、死ぬわけには……』

 そう思うのに。かつて、これ程までの激痛があったであろうか。

「ちょぅ…そか……べ……」

 竜が呟く暗がりの、月明かりが頼りの中で、彼女の瞳は異様に輝いて見え
る。

 その輝きが、突然潰えた。

 竜が、崩れ落ちるのが気配でわかった。

「竜!?……竜!」

 地へ倒れ込む寸前に抱きとめ、元親は意識を失った竜の顔色を窺った。

 ほの白い光の中でも、彼女は蒼白で、あの夜のように身体中が冷え切っていた。た
だ、熱を出しているらしく、頭だけが異様に熱い。

「兄上?……如何されたのです?」

 元親の言葉を聞きつけ、弟達が駆け寄ってきた。

「……急いで城へ帰るぞ」

「え…あ、兄貴が勝ったのか?」

「知るか。……いや、多分俺の負けだろうな。兎に角帰るぞ」

 親貞は竜の容態を確かめると、元親の言葉に肯いた。そして、家臣達のほ
うへ振り向く。

「早急に城へ戻り、医者の手筈を整えよ!創痕と発熱に対応するよう伝えおくん
だ!」

「はっ!」

 下知を受けた家臣のうち、最も足の速い者が急いでその場を離れる。残りは、刺客
の正体を探るために暫く居残ることになるだろう。

「兄貴、竜の身体が……!?」

「わかってる!」

 元親は上着を竜に巻き付けた。

 彼女を抱えあげると、傷に障らぬよう気をつけながら、気持ち早めに歩き出す。

 城下町より少し離れた海辺であったのは幸いした。だがその間、竜はうな
されていた。

 元親は腕の抱く力を込めた。何故、頷いてやれなかったのか。如何して、こんなに
なるまで彼女の不調に気付いてやれなかったのか。

 自分の不甲斐無さだけが、厭に突きつけられる。

 長兄の不機嫌なまでの無言の威圧感は、次兄以外の弟二人を気まずくさせた。

 一行は無言のまま岡豊城に着くと、竜を医者へ預けた。彼女は手厚く看病
されることとなるだろう。

「兄上」

 自分達も傷を見てもらって一段落ついた頃、親貞は兄に向かって口を開いた。

「先程、兄上は負けを認めていらっしゃいましたよね?」

「……ああ」

 元親は不機嫌に頷いた。親貞は微笑むと、席を立った。

「では、竜殿の容態が治まれば、きっと朗報をお届けになさるでしょうね」

 それでは失礼します。と言って親貞がその場から退去する。

「あ、じゃあ、俺らも失礼しまーす。……親益、行くぞ」

「……はい」

 空気を読んで、親泰も弟を引き連れて退去した。



090611 更新


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