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繋ぎ、繋ぐ物語
29



 宵闇に身を潜める影が1つ。


 鬱蒼と繁る森を真ん丸の赤みがかった月が見下ろしている。


 闇によって暗い緑になった樹々が影の青を丁度よく隠す。


 ヒラヒラと舞うは青と赤。生き物のように流れに沿って舞い踊る。


 ザザッ


 樹々の間からその影があらわる。そのほんの一瞬を月光が照らした。


 髪と目を隠す青い長い布から流れる闇色の髪。口許を隠す黒い布。その身は青に包まれ、腰辺りは赤の紐が結われ、長く延びたその先は流れに踊る。


 覆われた青い布―ここでは頭巾と呼ぼうか―で影の顔を見ることはできない。しかしその体型から少女のものだと判断ができる。


 少女はその身を走らせる。己を待つ主のもとへと。






 主の元で報告を済ました桜姫は己の自室へと向かう。城からさほど離れていない離れは忍び専用のもので、離れと呼ぶにはだいぶ大きすぎるものだった。


 「かえったか、桜姫」


 暗闇に紛れて前方にあらわる影が1つ。


 「浪。何か用があるの?」


 もう牛の刻を過ぎた頃。任務がない忍びは安眠とは言えない、浅い眠りについている頃だ。それにも関わらず起きている、しかもまるで己を待っていたかのような言葉に自然と眉を潜めた。


 「いや、・・・。相変わらず任務中でも顔と口を隠すんだな」


 沈黙で言葉を濁した浪と呼ばれた黒い着流しを着た青年は呆れたように桜姫の頭巾と口許の黒い布を見やる。


 「別にいいじゃない、見えるんだし」


 浪はまだ青年(といってももう20ぐらいだろう)だが今いる忍びの中でだいぶ長い付き合いをしている。その分話しやすく、同じ任務をしやすい。


 「見えるんだ、それで。やっぱすげえな、桜姫は」


 その頭巾と口許のをして試合をやっても負けるのだからそれをとったらどれだけ強いのだろうかと浪は常々考えていた。同じ忍びだからといって己より強い人を憎まず、邪魔にしない性格なのだ、浪という人間は。


 桜姫を見るその目は尊敬の念が混じり、確かにその言葉が嘘ではないことを示していた。


 「目が見えない分だけ、その他の感覚が鋭くなるのよ。浪もしてみれば?貴方なら大丈夫よ」


 桜姫は浪のことを高く買っていたらしい。その言葉は嘲りも何も含まれておらず、ただ純真な言葉だった。


 「無理無理。お前だからできるんだって」


 苦笑混じりに片手を振った浪。それに桜姫も苦笑を返した。


 「もう遅いから寝よう、明日も早い・・・・くはないが予定があるんだ」


 いつも通り明日も女中の仕事があると踏んだ桜姫は途中までそう言葉にしたが、政宗が明日(はというかもう今日なのだが)はお昼頃でいいという言葉を思いだし言い直した。


 「桜姫って忍びの他に副業やってるよな、何かは知らないが。よく体もつなー」


 浪が見てきた桜姫は夜は忍びの仕事をし、昼間になるとどこかへ行き暫く帰らないときと一日辺りで帰ってくる時があった。忍びの同士あまり干渉しないのが暗黙の掟だから浪は桜姫が何をやっているか知らないし、もしかしたら桜姫という言葉自体が嘘かもしれない。忍びとはそんなものだった。あえて言えば、桜姫は主に絶対の忠誠を誓う忍びだということくらいだろうか。勿論浪自身も主たる政宗に絶対の忠誠を誓っている。


 基本、忍びには二種類に別れる。


 1つは主に絶対の忠誠を誓い、その主のために何でも行うもの。だが代替わりをしたさい、次のものに従わない場合もよくある


 もう1つは己の技を高く買ってくれるものに対して従うもの。よって今の主ゆる高く買ってくれるものがいたならばそちらに変更することもあり、裏切りられやすいのが特徴だ。


 桜姫と浪は前者であり、政宗の前の当主、伊達輝宗のさいから忠誠を誓ってきた。主のためならなんだって厭わないだろう。主を止めるのは家臣の仕事であり、忍びの仕事ではないからだ。


 「そうだな、お休み」


 桜姫が四国から帰ってきて幾日たった夜のことだった。



090516 執筆
090529 更新 哀


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