繋ぎ、繋ぐ物語
21
日は頭上に昇った頃、桜姫は凪螺として城へ来ていた。女中の仕事をするために。
「こんにちは」
大きな門の両側に立つ門兵に挨拶をすれば、挨拶を返され特に何事もなく通された。所詮、顔パスだ。
凪螺の顔を知らない者などこの城ではいないだろう。たとえ凪螺が毎日城にいなくても。
「あ、凪螺さんだ」
政宗から今日自分が来ることを伝えられているであろう喜多の元へ向かう途中、己の名前を呼ばれた。
「はい?・・・成実様でございませぬか」
横を見れば遠い方に劉吼を持った袴姿の成実の姿があった。 ちなみに、劉吼とは両端に刃がつき、僅かな持ち手があるていどの成実の武器のことだ。
片手をそこから振っていた成実は凪螺が己に気付いたのがわかったのか、そこから凪螺のところまで駆けてきた。
「なんか久しぶりに会った気がするね」
休憩中だからかいつもの口許を覆う黒いマスクはしていない彼。言われてみれば最近会っていなかった気もする。と言っても二人の中が別段仲がいいと言うわけでもないが。只の仕える主の部下と女中という仲でしかない。少なくともそういう風に凪螺は思っていた。実際は幼少の頃からの知り合いでもあるのに・・・。
「そうでございますね。私も度々城を開けておりましたし、城にいても会うことはございませんでしたし・・・」
「そうだよねー。今日は1日いるんでしょ?」
「はい。今日は1日城勤めでございます」
凪螺の言葉に成実は眉を潜めた。
「そんなにかしこまんないでよ。10年もの知り合いだろ」
凪螺が城に女中として働き始めたのは10年程前。まだ六歳の凪螺は、1日の半分程を政宗の遊び相手として過ごしていた。
三歳年上の政宗はちょうど九歳で、端から見れば兄妹と見れるような仲のよさだった。
政宗の従兄弟である成実は度々父に連れられ米沢城に訪れていた。
それで三人はよく遊んでいたが、政宗の元服を期に、凪螺は女中として、桜姫は忍としてきちんと働き始めた。それまで桜姫は忍としての訓練を黒脛巾から受けていた。
困ったように眉を下げ、笑う成実。
けれど凪螺は見ていないふりをするかのように決まり文句をはいた。
「私は女中でありますゆえ」
深々と頭を下げた。
そんな凪螺の態度を見た成実は重く、溜め息をはいた。
これは二人の間でもう何年繰り返されている会話だ。凪螺が正式に女中として働きはじめてから口調は一変し、重苦しい敬語になってしまった。以前はタメ語ではないが型崩れした、もう敬語とは言わないような敬語で話していたというのに。
いつまでも同じ関係にいられないことは成実もわかっている。
もう二人は大人なのだ。自分は家督を継ぎ、凪螺はこの城で欠かせない人物の一人までなっているがそれでも所詮女であるのだ。
もう子供ではない。
「・・・凪螺」
久しぶりに呼び捨てにした。彼女が正式に女中となってから己を戒めるように、けじめをつけるようにさん、とつけていた。
今、自然と出てきた名前。そんなにも前の関係が恋しいかと己を自嘲する。
「成実様、私喜多様にお会いいたさなきゃいけませんので失礼いたします」
何も言わなかった彼女は再び城に向かって歩いていった。
「お前はこのままを望んでいるのか」
虚しく凪螺の背中を見つめる成実の瞳は哀しみで彩られていた。
090510 執筆
090511 更新 哀
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