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繋ぎ、繋ぐ物語
19



 桜姫が陸奥の偵察から帰ってくると、城はざわついていた。


 戦の準備にしてはまだ早くはないかと眉を寄せた桜姫は主に何かあったのではないかと急ぎ足で執務室を目指した。


 「政宗様」


 執務室には主以外の気配がしたが、さして気にせずそこに降り立つ。


 「桜姫か、よく帰った。報告は先に見た。詳しく話せ」


 頭(こうべ)を下げたまま己(おの)が見た事実を簡略した報告書よりも詳しく告げた。


 「民が虐げられてんなら早くしねぇとな」


 Hey、小十郎、とその場にいたもう1つの気配に話を降った。


 「何でございましょう、政宗様」


 ピンと張った背中。顎を引き両手は正座した足の上。左頬にある傷にその顔の作りは農民とは間違えられない、まさしく武士の顔。


 そんな男が桜姫の左側に鎮座していた。といっても##_name_1##からだいぶ離れているが。


 「陸奥には浪岡がいたな」


 現在は四代目当主、浪岡顕村が治めている陸奥の中央辺り。


 「はい。陸奥の中央辺りに構えております」


 「・・・・次はそこだな」


 早くも次の標的を定めた政宗。その目は爛々と耀いている。


 「政宗様、」


 たしなめるように名前を呼んだ小十郎。それにニヤリと笑っただけ。


 「いや、これが機だ。後は陸奥だけだ、攻めるぞ」


 奥州を平定した政宗。統率者がいない陸奥は政宗が間接的に治めている。未だ平和な訳ではない。


 今の政宗には実質的な奥州平定が目標で小さな名もなき武家はほんの小さな石ころに過ぎないだろう。


 「・・・はっ」


 頭(こうべ)を下げた小十郎。それに伴うように桜姫もまた頭(こうべ)を下げた。


 「桜姫はご苦労だった。今日は休んでいい」


 「いえ、午後からあちらをやりますので」


 休んでいいと言われたが、忍だからと言って女中の仕事を疎かにしてはならない。女中になったのは主の配慮と優しさからだからだ。


 「そうか、無理はするなよ」


 御前失礼いたします、そういって桜姫は一瞬にして消えた。


 「・・・政宗様。浪岡の偵察は、」


 小十郎は今の忍に浪岡の偵察を頼むだろうと考えていた。しかし、さっぱりと帰した政宗に驚きを隠せなかった。


 別に己の主君は忍を道具だと考えを持つような人ではない。民のためだと天下統一を目指してはいるが部下もまた道具だとは思ってはいない。そんな性格だ。幼少から政宗についていた小十郎は政宗の考えが手に取るようにわかるぐらい近くにいる。しかし、だからと言って忍に、部下に、甘い人でもないことを知っている。あの忍がどれ程の日数で陸奥に行ってきたかは知らないが、すぐ近くを偵察に行ってきた忍を休ませるような甘い人ではないのだ、伊達政宗は。少なくとも片倉小十郎景綱の知っている伊達政宗はそうだった。


 「浪は偵察に行ってるからな、黎(たみ)」


 偵察は頼む者がほとんど決まっている。桜姫か、浪か。その二人の直属部下か。大抵そこら辺に頼む。それは二人がそれほどの実力者で、政宗の信頼を得ていることを示している。


 「ここに」


 天井裏から表れたのは背中が開いた黒い忍装束の女。彼女が偵察の任務を頼まれるのは少ない。しかし今は偵察に行ける人物がいないのだから、ある程度実力のある彼女が呼ばれた。只それだけだ。


 「浪岡ん所へ偵察に行ってこい」


 一度も顔をあげることなく黎と呼ばれた女は来たときと同様に一瞬にして消え去った。


 「なぜ桜姫に偵察を任せなかったのですか、政宗様」


 小十郎は桜姫と初めて会ったわけではない。今までもう何度も彼女には会っている。それは勿論私的ではないが。だから桜姫のことを忍ではなく名前で呼んだ。別に政宗が呼んだからそういう名だと思った訳では決してない。


 「あいつには他にも仕事を任せてるんだ、少しは休ませてやらねぇとな」


 他の仕事とは言うまでもなく女中の仕事。しかしそれを知っているのはこの日の本、どこ探したって政宗だけだ。小十郎は知らない。


 「他の、仕事ですか」


 眉を寄せた小十郎は忍に他の仕事なんかあるのだろうかっいう疑問がありありと顔に表情として出ていた。


 「クッ。そんな考えるな、俺が頼んだ仕事だ。よくやってくれている」


 ふと、優しげに目元を和ませた。


 どんな女にも嫌悪感を抱く政宗。その政宗が彼女に対して優しい表情を浮かべた。小十郎は彼女が一体どんな影響を与えたんだと不思議に思う。そして不意に浮かんだ思い。けれどそれはバカなことだと、あり得ないことだとすぐに小十郎の心の中で切り捨てられた。


 「小十郎、あいつは、・・・・いや、何でもない」


 細めた瞳には悲しみが浮かんでいた。しかしその理由が小十郎にはわからない、只たぶんあいつとは桜姫のことなのだろうと。考えた。


 小さく頭(かぶり)を降った彼は呆れるほど真っ青な空へと顔ごと視線を移した。


 「・・・・・」


 今まで見なかった主の姿に何も言えない小十郎の姿がそこにあった。




 騒がしい城内。それについて尋ねるつもりだったのに、尋ねることなく退出したことに気づいたのは、政宗が己の部屋にと賜った城内の離れについたときだった。


 「まぁ、いっか。凪螺のときに誰かに尋ねよう」


 そう判断を下した桜姫はお昼までの約二刻を睡眠へとあてがった。





090508 執筆
090509 更新 哀


あきゅろす。
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