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繋ぎ、繋ぐ物語
18

 親貞は、兄、元親が海へ行こうとしているのを見て、ため息をついた。

「兄上、おはよう御座います」

「おう!親貞か……」

「一体、何処へ行かれるんです?まだ執務は終わってないんでしょう?」

「煩ぇ。あれだ、お前がやっとけ」

「嫌です。政務は四国の領主たる兄上がやるべきものです。何で僕がやらなくてはな
らないんですか」

「融通の利かねぇ弟だなぁ。……あー、そうだ。おめぇ、嫁さんとはちゃんと上手く
やってんのか」

「今は多少臥せっていますが、妻とは何の問題もなく暮らしていますよ」

「いずれお前には土佐吉良氏を継いでもらうからな、しっかりと頼んだぜ」

 元親は弟の肩を叩くと、そそくさとその場から去ろうとした。それに込められた言
葉を正確に読み取ると、親貞は冷めた目で兄を見つめた。

「……今、兄上が放り出そうとしている政務をですか?兄上が仰るのなら、僕はいず
れ吉良氏を継ぎますよ。ですが、今はそれと関係ない筈です。はぐらかさないで下さ
い」

 見事に見抜かれ、元親は軽く咳払いをした。

「ん、あー。それは気のせいだ」

 親貞は嘆息すると、今度は真剣な目で元親を見遣った。

「……ところで兄上」

「あん?」

「以前から気になっていたのですが、竜という娘を如何して雇ったのです
か」

 呼ばれて振り返った元親は、弟の質問に怪訝な顔をした。

「あ?何だ、言っただろうが。向こうが仕事くれっつったからよ、やったまでだ」

「それじゃ理由になりません。と言ったのも覚えてないでしょうか」

「言ってたか?」

「言いました。如何して雇う気になったのかを知りたいのです。きっかけじゃないん
です」

「……大した理由じゃねぇよ」

「それでも」

 元親は頭を掻き毟ると、辺りを見渡し、親貞を招きよせる。

「言うなよ」

「はい」

「……どうもな、惚れちまったらしいんだ。これが」

「……は、惚れた?」

 親貞にとって、元親には無縁と思われた話に、目を見開く。

「お前も会ったことあるだろ?」

「はい。彼女が城に居た頃は何回か」

「どうもあの瞳に惚れたらしくてよー」

「一目惚ですか。慶次殿でもお呼びしましょうか」

「何でそうなりやがる」

「彼、自分で言ってるじゃないですか、恋の芽生えは見逃さないと」

「バカ野郎。んな話じゃねぇ!」

「じゃ、何なんですか。自分で話すなと言っておいて」

「……それもそうだ」

 何でだ。と、再び頭に手を置く元親に、親貞は乾いた笑みを浮かべた。

「……やはり、慶次殿を呼んで来た方が良さそうですね」

「いや、呼ぶな。奴の事だぁ、ぎゃーぎゃー騒ぎ立てるに決まってやがる。おめえの
時もそうだったじゃねぇか」

「否定はしません」

「んーーー…。よし、俺は認める。わかった。よぉーくわかった」

「……何がですか?」

 元親の急な自己完結が分からず、親貞が問う。

「煩ぇ!恋だの何だの、そっちの方でも惚れてたって事を認めただけだ!」

「………」

 暫くの沈黙のうち、親貞は本気で拍手を送ろうかと思ったものの、何とかそれを押
しとどめる。

「まあ、向こうは兄上を嫌がっているようですから、頑張ってください」

 あと、近々、弥七郎の所へ会いに行くかも知れません。と、香宗我部に養子入りし
た三男の話を最後に、親貞は兄の職務怠慢を止める事をすっかり忘れて、二人はそこ
で別れた。





090508 更新


あきゅろす。
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