繋ぎ、繋ぐ物語 15 血の臭いがついた着物を纏ったまま屋根の上を駆ける。先に主に報告をした方がいいと判断した凪螺は人目につかないように、姿は凪螺のまま、心は桜姫へと切り替えていた。 「全く他国の忍が侵入してるなんて何やってるのよ」 領内に配置され、警備をしている顔も知らない同僚に悪態をつく。 城下のすぐ傍に聳え立つ米沢城に入ると屋根裏を駆け、上階にある主の執務室を目指した。 「御前失礼致します、政宗様」 辿り着いた天井裏から執務机に向かう政宗の前に降り立った。 「Ah?どうした、桜姫。今日は凪螺として女中をしている時間帯だろ」 筆を置いた政宗は顔をあげて凪螺の姿を認めると眉をひそめた。 「領内に侵入した他国の忍が一般人に扮して、綱元様のお屋敷を訪ねていたいた私に伊達の内情を聞いてきたので処分いたしました」 他国の忍と聞いてしわが寄る眉。 「Ah?何やってんだあいつら」 政宗の頭には任務についた忍の顔が浮かんだだろう。 「相手は伊賀忍者。所属は名もない、小国と言っても数個の村を力づくで治めている我が敵にもならないやつです」 力づく、音にならない声でそう呟いた。 「気にいんねぇな、そいつ」 猫のような瞳は剣呑に煌めく。 「排除致しますか?」 主の様子に、これでは主が直接行きかねないと判断した桜姫は己に指示が下るように仕向ける。 「そいつの領地は?」 「ここからさらに北に行った、陸奥の北辺りです」 「この日の本の最北端って訳か。・・・Ha!!おもしれぇじゃねぇか」 その時、桜姫は悟った。もうこの政宗を止められるものはいないと。 「出陣なさいますか?」 「あぁ、これから天下統一にしていくのに背後を捕られたら一堪りもねぇからな。準備だ、天下統一の、な」 ニヤリと笑った政宗は再び執務に向かったが頭のなかは最北端のことで一杯だったに違いない。 そう判断した凪螺は血の臭いを消すために泉に向かうため、そこから一瞬にして消えた。勿論、政宗に退出の旨を一言告げて、だ。 ザァー 遥か上から落ちてくる水は勢いをまして、体に当たれば酷く痛かった。落ちてきた水が直接当たるところは赤く染まっている。それでも桜姫は浴び続ける。己の纏ったほんの少しの血の臭いを消すために。 長く伸びた髪が濡れて張り付くのが気持ち悪い。邪魔だと、うっとおしげに掻き上げるそのしぐさはとても美しかった。 「戦が、始まる」 己の言葉で伊達から仕掛ける戦が始まる。それは桜姫にはとても重いことだった。別に伊達が負けるなどとは考えていない。ただ、自分の言葉で殺し合いが始まるのかと思うと酷く怖かったのだ。 「まだ、忍になれていないと言うのか」 苦しげに吐かれたその言葉は己を否定するものだった。 「もうあなた様に拾われて十年だと言うのに」 忍が持つはずではない心があることでどれ程周りが認め、恋い焦がれ、羨ましがれ、疎まれ、恐れられる程の力を持っていようと、桜姫はまだ忍になれていないと思っていた。 「心なんて、要らないもの。必要ないもの。心は捨て、非情になるのよ」 たとえ、政宗が忍なのに心を、感情を、持っていられたことを嬉しく思っていようと、それに気づかない桜姫。ただそんな悲しい桜姫のことを政宗は見守ることしかできないのだった。 「もう、上がらないと。喜多様に何も言ってないもの」 ざばざばと水をかき分け、広い湖の淵まで来ると近くの気にかけてある手拭いを手に取り、水に濡れた、冷えきった裸体を拭った。 ヒラリ、丁度見頃の満開の、白梅が桜姫の目の前を舞い過ぎた。 fin 090430 執筆 090505 更新 哀 |