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風花と残月
瑞花

***

 翌朝、俺はまだ日も昇りきらないうちにゼロの家の玄関にいた。なるべく早い時間に出て行くことにしたのは、「いつもと同じ時間」が始まってしまうと寂しさが強くなりそうだったから。新居まで送るというゼロの申し出も断って、ここから一人で歩いていく。

「今まで、ここに住ませてくれてありがとう」

 そう言って、ゼロの体に抱きつけば、どういたしまして、と抱き返される。
 部屋が決まったときには言えなかったこの言葉を、出て行くまでに伝えようと決めていた。迷惑をかけたという気持ちもあるけれど、感謝の気持ちの方が大きかった。何度も――本当に数え切れないくらい、この人に支えてもらった。こんな短い言葉じゃ足りないくらい、感謝している。
 この距離にあることが当たり前だった体温と、嗅ぎ慣れた香水の匂い。きっとこれからだって何度も俺を安心させてくれる存在。今日からはすぐには触れられなくなってしまう。
 離れがたいのはお互い様なようで、少しの間、言葉もなく抱き合っていた。
 それから、なあ、とゼロが口を開いた。少しだけ言い辛そうに、だけどはっきりとした声で。

「……お前が自分で良いと思ったら、帰ってこいよ」

 お前が、自分の足元を固めてからでいいから。そう言って、俺を抱きしめる力が少し強くなる。
 それは俺がずっと言いたいと思っていた事で、言い出せなかった事でもあった。どれくらい先になるかはわからないけれど、また一緒に暮らせる日が来ると良いな、と。俺とゼロの新しい関係はまだ不安定で、そんな未来を口にしていいのかどうか、わからなかった。
 
 でも、この人がそう言ってくれるなら。

「うん……その時ゼロが良いって言ってくれるなら、そうしたいな」

 今はまだ俺の方が不安定だけど、もう少し強くなって、この人を支えられる位になれたら――そうしたら、ずっと一緒に居る約束をしたい。先のことはわからないけれど、ゼロとならそういう幸せな未来を想像できる。
 どちらからともなく笑いあって、もう一度キスをした。
 
「じゃあ、俺行くね」
「おう、気を付けろよ」

 ゼロの言葉に返事をして、玄関の扉を開ける。暖かい家の中に、冷たい外の空気が流れ込んできた。新生活が始まる日だというのに大雪で、道路は白く塗りつぶされている。空にはまだ月が残っていて、あの日と同じだ、と、言葉に出さずに心の中で思った。
 もしもあの雪の日に出会っていなければ、俺にもゼロにも、まったく別の今があっただろう。もしもここが雪の降らない土地だったなら、出会うこともなかっただろう。そう思うと、凍える空も愛しく感じられるから不思議だ。


 きっと偶然だった。
 転機はいつも、残月も凍るような大雪の朝だった。


End

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あきゅろす。
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