風花と残月
2.
俺達以外に誰も居ない部屋の中で、ゼロの眼から零れたそれは、静かに頬を伝い落ちていく。
リョウ、とゼロが俺の名前を呼ぶ。返事を返せば少しの間を置いて、震える唇が言葉を紡ぎだした。
「……好きだ」
傍に居てくれ。ゼロの声がそう呟いて、きつく俺を抱き返した。
飾り気もなにもないけれど、聞き慣れた声で告げられた言葉は耳からするりと俺の内側に入り込んだ。ゼロの声は、低くて温かい響きを持っている。この声に何度救われてきただろう。
シンプルな言葉で告げられた想いは、俺の胸を温かく満たしていく。いつから、どうして、聞きたいことはいくつもあったが、それをわざわざ言葉にする事は憚られた。ゼロが縋るように顔を埋めた俺の肩口は、今もまだ涙で濡らされていたから。
身体を少しだけ離して、濡れたゼロの頬に自分の手を添えると、それに反応するようにゼロの手が動いて俺の手を握り返した。堅く瞑られたゼロの睫が一瞬震えて、新たな雫がその頬を伝う。零れ落ちる涙は、ただ綺麗だった。
思いを告げた時も、今も、ゼロの手は震えて冷え切っていた。
雪が嫌いで孤独な、刺青だらけの優しい男。こんなに冷たい手をして、一体どれだけの孤独をその胸の内に飼っていたのだろう。
以前ならこの手は絶対に俺に触れる事はなかった。今はその手で俺の手を握り返している。
――なあ、ゼロ。こうやって熱を分けるくらい、いつだってしてあげられるんだ。ゼロ程大きな手ではないけれど、暖を取るのには十分だろう。俺に触れるあんたの手がいつだって暖かかったように、あんたに触れる俺の手だっていつも暖かく保つことは出来るんだよ。
窓の外では雪が降り続いている。俺がゼロに拾われた日と同じように、景色を白く塗り替えて行く。
あの日から、感情は少しずつ変化していた。俺も、ゼロも。近く居たから俺はそれを自覚するのが遅れてしまっただけで、多分、大分前からこの人に惹かれていたんだろう。
傍に居たいのは――居て欲しかったのは、同じだった。それを伝えることを恐れていたのも、触れてはいけないような気がしていたのも同じで、互いにすれ違っていただけだ。
すう、と一度だけ深く呼吸をした。言葉の途中で詰まってしまわないように。
心臓はバクバクと激しい音を立てていたけれど、不安に揺れる狼みたいな瞳を見たら、思わず笑いが零れてしまった。
きっともう、言わなくても伝わるような気がするけれど、ゼロが言葉にしてくれたから。
「……俺も、あんたが好きだよ。ゼロ」
そう言って、涙の伝う頬に軽い口付けを落とした。
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