[携帯モード] [URL送信]

風花と残月
愁苦辛勤

「今まで、迷惑かけてごめん」

 乾ききった震える声でそう告げて、堪えきれなくなったようにリョウの目から一筋の涙が零れた。
 迷惑だなんて思った事は一度もないと、そう言葉に出せれば良かったのに。自分の行動が招いた結果だと思うとそれも躊躇われた。手元に煙草があれば、或いはこの場をやり過ごすことが出来たのかもしれない。膨れ上がった感情はいつだって煙に溶かして吐き出していたから。

 視界の端にちらつく雪が目障りで、指先が冷えていく。それとは対照的に頭の芯が焼けるように熱く、抑えなくては、という思考もその熱にかき消された。

「ゼロ……?」

 リョウが怯えの滲む目で俺を見た瞬間、ブツ、と何かが切れる音が聞こえたような気がした。何が切れたのかは分からない。ただ、感情が破裂してしまったことだけは確かだった。
 身体が理性に反して動く。条件反射みたいなものだ。ソファに座るリョウの腕を強引に引き上げて、自分の腕の中抱き込んだ。相変わらずこいつを相手にすると衝動的な行動を取りやすいな、と、状況にそぐわず妙に冷静な頭で思った。
 腕の中の温もりがあまりにも愛しくて、このまま時間が止まってしまえばいい、なんて考えたところで無理な話だ。いくら俺がコイツを必要としても、離れていくものは離れていくし、怯えられたままなのも当然の事だ。
 それならいっそ、と頭の中に響いた言葉を跳ね除ける術すら、失っていた。

 突然の出来事で凍りつくリョウの頭を抱えて、その唇に食らいつく。瞬間、全身の血が逆流するような錯覚に襲われる。見開かれた瞳に浮かんでいたのは、怯えではなく驚きだった。
 無理矢理重ねた唇は乾いていて、抱き込んだ身体は硬い。色気も何もあったもんじゃないクソガキだ。そう思いながら舌を差し込んだ。
 ――最悪だ。歯止めが利かない。思考と行動が一致しないのは、酷く奇妙な感覚だった。

 唇を離し、先程までリョウが座っていたソファの上に、力任せに押し倒した。

「……早く、消えてくれ」

 俺よりずっと小さな体を押さえつけ、首筋を噛んでから低い声で言葉を吐いた。
 本心であると同時に、思いとは間逆の言葉だ。ずっと傍に置いておきたいけれど、今すぐ俺の目の前から消えて欲しい。このままだときっと傷付けてしまうから。

 リョウの服のボタンを外していく。抵抗しないのはきっと、恐怖で身体が固まっているからだ。
 傷だらけの肌が晒されて、頭の中が白くなる。この傷はきっと一生消えない。こういう風に、忘れられないくらい傷付けてやればいい。心も身体も、滅茶苦茶に傷付けてやりたい。離れていくなら、どんな形でもコイツの記憶に残るなら、消えてしまうよりはその方がいい。そう思う一方で、守りたいと思う。こいつが誰からも傷付けられないように、これ以上傷を増やさなくてもいいように。

 ゼロ、と俺を呼ぶリョウの声が聞こえても、何も言葉を返す気になれない。
 押さえつけた身体が震えているのに気付いて、何日か前の夜を思い出した。二度目、だ。こうやってリョウを組み伏せるのは。何度傷付ければ満たされるんだ。
 
 今すぐに俺を突き飛ばして、拒絶して逃げて欲しい。抱きしめられたい。受け入れて欲しい。
 ズタズタに傷ついて、憎しみと一緒にでいいから一生俺の事を忘れないで欲しい。これから俺がする事は全部忘れて、いつもの顔で笑ってほしい。

 矛盾しすぎだ、と自嘲的な笑みを漏らした。口を開けば、醜い本音が漏れてしまいそうだ。

 相反する二つの思考を持ちながら、それでもリョウに触れたいと叫ぶ本能に抗う事ができない。理性より自己中心的な本能が勝って、リョウの体から手を離せない。首筋に唇を這わせて、露出した肌に触れて。確かにリョウの体温をそこに感じているはずなのに、指先がどんどん冷えていく。
 今は、こいつの痛みも関係ない。これが最後だ。どうにでもなればいい。だって、こういう方法以外、こいつの記憶に自分を刻み込む方法が分からない。
 指先が冷たい。頭の芯が熱い。耳鳴りが酷い。ありとあらゆる感覚が麻痺してしまって、リョウの言葉も聞こえやしない。
 今はただ、目の前の愛しい熱に触れていたい。そうやって酷く身勝手な言い訳をして、ギチリと痛んだ胸の奥の感情には気付かないフリをした。

 ――傷付けたいわけでも、怯えさせたいわけでもなかったはずなのに。


[*Prev][Next#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!