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風花と残月
4.
 俺の頭を抱いているゼロの手に触れて、今はその指先がちゃんと温かいことに安心する。この人も何かに怯えているのだと知ってから、こうして時々温もりを確かめるようになった。
 
 相変わらずゼロの心臓はドクドクと規則正しく脈打って、目を瞑っているせいもあるのだろうけれど、少しずつ眠くなってくる。
 ゼロを起こさなきゃいけないし、俺もこんなところでこんな体勢で寝たら体を痛めてしまうとわかっているのだが、襲い来る眠気に抗えない。
 だんだん何かを考えるのも面倒になってきて、どうでも良いかと思考を放棄して体の力を抜いた時、触れていただけの手がぎゅっと握られた。

 頭を預けた胸から微かに振動が伝わってきて、ゆっくり瞼を持ち上げれば、いつの間にか目が覚めたらしいゼロと視線が重なる。
 ……朝は全然起きないくせに、なんでこの人はこういう時ばかり簡単に目を覚ますんだろう。
 
「……人の体の上で寝んなよ」

 ああ、でも笑いながら言う声が少し掠れてる。俺の指を握る手にもほとんど力が入っていないし、まだ眠いんだろうな。
 
「……あんたもこんなとこで寝たらまた風邪ひくよ」

 手を握り返すとゼロが笑う。頭を預けた胸から再び振動が伝わってきて、それに少しだけ安心する。

「水、いる?」

 起きてしまった以上甘え続けるわけにもいかないと、握ったままだった手を解こうとしたのだが、それより先に少し強く握り返されて、反対側の手で持ち上げようとしていた頭を再び抱きこまれた。

「いらねぇ……つーか、どうした」

 何かあったろ、と聞き慣れた声が耳を擽る。
 ……やっぱそうくるか、と内心溜息をついた。こんな風に甘えることなんて滅多にないのだから、誰だっておかしいと思うだろう。

「……なんもないよ」
「おいこらクソガキ。下手な嘘つくなっつーの」

 まさか夢のせいで眠れなくなったというわけにもいかず適当な言い訳を試みるも、即座に切り返されて言葉に詰まる。クソガキ、と呼ぶ声が荒い言葉遣いとは裏腹に優しくて、もう何も言い返せない。
 黙り込んでしまった俺の頭を抱いたままだった手が、髪を梳くように動く。

「相変わらず甘えんの下手だな」

 まだ眠たそうに掠れたままの声でそう言ってクツクツと笑い、きゅっと細められた目が薄暗い部屋の中で仄かに光る。
 最初は、狼みたいな目してんな、と思った。それくらい鋭い琥珀色の瞳が、想像よりもずっと柔らかく笑うことを知ったのはいつだったろうか。

 俺が頭を預けているゼロの体は、寝起きのせいか少し体温が高くて温かい。
 眠れなかったのか、と問いかけるゼロの声がどこか遠くに聞こえて、またウトウトしている自分に気が付いた。このまま眠ったらまずい、とはっとしてゴシゴシと自分の目を擦る。

「てか、下にお客さん来てるんだろ。降りなくていいのかよ」
「……もう寝てるから気にすんな」

 俺が投げかけた言葉に一瞬だけゼロの顔が曇ったのが分かった。すぐ元の顔に戻って笑ったけど、どうやらまた何か地雷を踏んでしまったらしい。
 本当に一瞬の変化だったから、目を逸らしていたらきっと分からなかった。
 握った手が少し冷えているのに気付いた瞬間にパッとそれを解かれたて、俺はまた何もしてあげられなくなってしまう。


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あきゅろす。
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