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風花と残月
2.
 ゼロが上がってこないなら、今日の食事は自分の分だけでいいことになる。
 もともと俺はあまり食に執着が無いタイプだから、自分だけとなるとどうしても料理をする意欲が涌いて来ない。確かカップ麺の買い置きがあったような気がするから、それで済ませてしまおう。

 ソファから立ち上がって戸棚をあけ、カップ麺があることを確認してからキッチンでお湯を沸かす。
 とんこつ、味噌、シーフード。三種類の内どれにするかで少し迷って、一番サイズの大きかった味噌ラーメンを手に取った。

 蓋を開けてかやく等を準備をしながら、カップ麺を食べるのはかなり久しぶりだということに気付く。
 この家に置いてもらう事になってから、自主的に家事を請け負った。バイトが決まってからはこまごまとした家事は休日にまとめてするようになったが、料理だけは朝、晩と毎日作っている。
 別に料理が得意なわけでも掃除が好きなわけでもないが、そういうことでしか俺は恩を返せない。それに、今まではずっと一人で食事をとっていたから、仕事を終えたゼロと二人で食べながら些細な会話をすることが楽しいのだが、今日はそれもできないのだなと少しだけ寂しい気持ちになった。

 火にかけていたポットからお湯が吹き零れて、慌ててコンロのつまみを捻る。準備しておいたカップ麺の中にそれを注いで、テーブルまで移動する。
 その途中、カタ、と物音がして、僅かに体が震えた。
 自分でも情けない話だとは思うけど、こうやって一人で食事をしていると洋輔や親父の事を思い出してしまう。小さな物音一つ一つが気になって仕方がない。 ゼロの家だから大丈夫、暴力を振るう人物が入ってくることは無いと分かっていても、一人きりの部屋は俺を脅かす何者かが帰ってくるのを待つための空間なのだ、という認識が未だに抜け切らない自分が嫌だ。
 一体、いつになったら過去の記憶が消えるのだろう。
 ゼロが居る時はこういう事も無いのだが、子供じゃあるまいし、一緒に居てくれとお願いするわけにもいかない。ずっとゼロの好意に甘えることもできないし、ある程度金が溜まればいつかはこの家を出て行く日が来る。

 それまでには一人でも大丈夫なようにならないと、と気持ちを切り替えて、湯気の立つカップ麺に手を伸ばした。


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あきゅろす。
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