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風花と残月
凍てつく月

 扉の向こう側から声がするのに気付いて、思わずドアノブにかけた手を離した。
 まさかと思って耳を澄ますと、艶めいた喘ぎが聞こえて来る。中で何をしているのかなんて扉を開けて確認するまでもない。
 しばしゼロの仕事場に繋がる扉の前で立ち尽くしていたが、立ち聞きのような事をしているこの状況に耐えられなくなって、足音を立てないように二階に上がる階段へと歩き始める。
 踏みしめるたびにギシギシと鳴る階段を上りきってリビングの扉を開けた。日中はこの部屋を使う人間が居ないから、いつもバイトから帰ると室内が冷え切っている。
 部屋の中なのに息が僅かに白くなって、鳥肌の立つ腕を擦りながら電気を付け、エアコンを入れる。
 普段ならこのまま夕飯の支度を始めるのだが、そんな気にもなれず、上着も脱がずにソファの上で横になった。
 テーブルの上に置かれた灰皿と、そこに山積みになった吸殻を見て深い溜息が出る。

 本当なら、今日はイレズミの事を相談するはずだったのに。
 どんなデザインがあるのかとかどういう風に彫るのかとか、色々聞いてみたかったんだけどな、と思いながら、ソファに置かれたクッションに顔を埋める。

 外は既に暗くなっているが、時間はまだ19時を回ったばかりだ。
 この数週間一緒に暮らしてみて、ゼロの遊び癖はわかっているつもりでいたけど、流石にこの時間から誰か連れ込んで居るとは思いもしなかった。
 居候させてもらってる身でゼロの下半身事情に口を突っ込むつもりはない。いつかお楽しみの最中に出くわしてしまうんじゃないかと心配で仕方がない。
 せめて一言「人が来るから」とでも言っておいてくれれば、時間を潰すなりネットカフェに行くなり対応のしようがあるのだが、どうせそれを言っても無駄なのだろう。

 早い時間から何やってんだか、という気持ちと、バイトが終わったら顔出すと伝えてあったのに忘れられていた事が引っかかって微妙にモヤモヤする。
 明日、ゼロと顔を合わせたら文句の一つも言ってやらないと気が済まない。誰を呼んでナニをしようが知ったこっちゃないが、せめて約束くらいは忘れないで欲しいものだ。
 
 多分、今夜ゼロは下で寝るのだろう。
 毎回相手が違う事にはもう慣れたが、明日の朝また起こしに行かなきゃいけないのが面倒くさい。一階にあるソファの上、ゼロの腕の中で眠る人と目が合った瞬間の気まずさを思い出すだけでもうんざりする。
 俺以外に誰も居ないリビングに、本日二度目の深い溜息が響き渡った。


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