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風花と残月
単彩色の情景
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 降り始めたばかりの雪が道路に落ちて、溶ける。

(施設?)

 黒い服の大人たちが、ひそひそと囁き合う声がうるさい。
 雑音が止む気配はなくて、冷えた手で耳をふさいだ。

 立ち上る煙は白。
 それを見送る空は灰。
 閉じた瞼の内側は、黒。

 震える唇で紡ぎだした言葉は、自分でも聞き取れない。

 ……遠くで、ベルの音が鳴り響く。

******

 夢の中で聞こえたベルの音が、現実でセットされたアラームだと気付く。手探りでそれを止めて、重い瞼を持ち上げた。
 カーテンの隙間から漏れる太陽が、未だぼやける視界に差し込んで眩しい。

 多分、嫌な夢を見た。
 どんな夢だったっけ、とモヤモヤした気持ちのまま、体勢を変えて止めたばかりの時計を見れば、時刻は午前七時。いつも起きる時間よりずっと早い。
 寝起きのぼんやりした頭で普段より早くセットされたアラームの理由を考え……思い出した瞬間、一気に覚醒してハっと瞼を見開いた。

「やべぇ」

 そう一言呟いて、ベッドの上から跳ね起き、そのまま洗面所に走る。今日は八時から予約が入っているのだ。今から用意して、ギリギリ間に合うかどうか。
 顔を洗い、バタバタと身支度を終え、朝飯を食うことは諦めて一階へ降りる。階段脇の仕事場に直結するドアの鍵を開けて、すぐ左手にある電灯のスイッチに手を伸ばした。
 遮光されて薄暗かった部屋の中に光が満ち、寝起きの目を刺激する。ちらりと減菌機のランプに目をやり、それが正常に動作していることを確認して、小さな看板を手に取った。【Tattoo studio】という文字と、開店を知らせる言葉が書かれたものだ。そのまま正面玄関の扉を開けて、歩道の隅にその看板を出せば、開店作業は終了だ。

 ぐっと伸びをすれば、冷えた空気で息が白む。
 まだ早い時間帯だからか、通勤らしい格好をした人が駅へと向かうバス停に並んでいる。3日間降り続いた大雪も、やっと止んだようだ。
 見上げた空は青く晴れ渡っており、清々しい風景に気が緩んだが、予約の時刻が迫っていたことを思い出して踵を返した。

 道路に積もった雪のせいで、看板の周りには薄い足跡が付く。少し湿った足元に苦笑して店内に戻り、予約の客を迎えるための準備に取り掛かった。


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