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風花と残月
2.
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 火葬場の収骨台に転がされた骨の内、人の頭の形をしたそれが俺の方を向いていた。

(他人の温もりが恋しいのだろう)

 頭の形をした骨がそう俺に問いかける。
 違う、と言おうとしても、声帯が引きつって上手く声が出ず、たまらず視線を逸らしてしまった。
 俺の手を握らない叔母の腕が見えて、ガチガチに冷えた手で自分の肩を握り締める。

(全てはいつかお前の傍を離れていく)

 尚も骨の声は言い募る。黒い眼窩の奥から、何者かに睨まれているような感覚がして、冷たい汗が背中を伝った。

(お前に温もりは不似合いだ)

 骨の声が薄暗い空間に響き続けて、そんなことはわかっている、と声にならない声で叫んだ。

****

 全身の肌が粟立つような感覚で、急激に覚醒する。見開いた眼の先には、見慣れたリビングの天井が映っていた。しんと静まりかえった部屋のソファの上、相変わらず寝汗にまみれた体を持ち上げる。
 あれは現実の光景ではない。
 墓に行った事が、自分で思うより強く心に影響を残しているらしい。明らかにいつもとは違う夢の内容に、頭の芯が熱くなっていくのが分かる。

 腕を伸ばしてテーブルの上に置いてあった煙草を手に取り、火をつける。この仕草を日に何度繰り返しているだろう。普段は半ば無意識に、手癖のように吸っているが、こういう時は明確な意思を持ってそれに手を伸ばす。
 他人の体を求める時も似たようなもので、普段は大した理由もなく惰性で関係を持っていながら、夢を見た後ははっきりと理由をもって「欲しい」と願う。
 それがないからと言って死ぬわけでないのに求めることを止められない、たちの悪い依存症だ。

 ふう、と煙を吐き出す。今日一日で、何度思考の海に溺れかかっただろう。あるいは既に深みにはまり込んで、浮上できないほどに引きずり込まれているのかも知れない。

 夢の中で、両親の骨が言う。俺に温もりは不似合いだと。
 まったくもってその通りすぎて、返す言葉も見当たらない。あの骨の言葉は俺の深層心理だろう。
 酷くエゴイスティックな姿を晒していることは、自分でもよくわかっている。
 他人の気持ちを無視し続けてきた俺が、今更誰かを傍におきたいなんて思うこと自体が間違いなのだ。

 手にもった煙草を灰皿の縁で叩き、まだ長いそれをもう一度吸う気にはなれずにそのままぐしゃりともみ消す。
 不意に熱を感じて頬に手をやれば、いつの間にか涙が伝っていた。

 時間が進む度、少しずつ感情と思考が切り離されていく。

 最後にはバラバラになって、自分が何者なのかも分からなくなってしまいそうだ。

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あきゅろす。
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