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風花と残月
6.
 淫猥な水音とソファの軋む音に、組み敷いた体から漏れる艶めいた喘ぎが絡み、それが鼓膜から入って、俺の思考に麻酔をかける。

「ぜ、ろ……っぅあ…!」

 苦しげに名を呼ぶ声も、涙を浮かべて快楽に歪む顔も、俺の劣情を煽るには十分なもので、その体を飽きもせずに嬲り続けた。
 先程からもう何度も達したというのに欲望は未だ衰えず、熱くなる体とは裏腹にじわりじわりと虚しさが湧き上がってくる。

「あっ…んっ…イきそう…っ」

 喘ぎながら俺に縋り付く男の下腹部は自らの吐き出した精液で汚れ、欲の象徴が開放を求めてビクビクと震えている。
 限界だと訴える声を無視して腰を動かしてやれば、いともあっさりと吐精する。男の薄くなった精液が飛散して、ソファとその周りの床を汚した。

「たまんねぇ…っ」
「ひっ、や…今日、激し…あぁっ!」

 ギチギチと俺を締め付ける体に声を漏らし、射精の余韻に脱力しかかった男を容赦なく突き上げて、自分を追い立てる。
 俺の体は一向に満たされる気配はなく、下肢を苛む熱のせいで相手の事を考える余裕がない。
 達したばかりの男は、強すぎる快感にその体をしならせ、ガクガクと震えながら俺の背に爪を立てた。その痛みで湧き上がった熱の奔流に、思考が飲み込まれていく。

「っく……」

 低く呻いて相手の中に欲を放ち、白濁した液体を滴らせながら自身を引き抜いた。流石に限界を迎えた体で相手の上に倒れ込み、二人揃ってソファに沈む。

「マジ、きつかったんですけど……っ」

 腕の下にある体は荒い呼吸を繰り返し、掠れた声で言いながら俺に非難の視線を向ける。

 呼吸を落ち着け、熱の引き始めた体を起こして、テーブルの上に置いた煙草の箱に手を伸ばす。取り出した煙草に火をつけながら相手を見れば、横たえた体はぐったりとして、薄く開かれた瞳は未だに潤んでいた。
 その姿に、少しの罪悪感が涌いてくる。流石にやりすぎたという自覚はあるし、正直なところ俺も少し腰が重い。相手の負担は相当なものだろう。

「……すまん」
「……ちゅーしてくれたら許す」

 素直に謝罪の言葉を口にすれば、まるで恋人のような甘いやり取りにすりかえられ、うんざりとした気持ちで灰皿に煙草を置いた。
 再び覆い被さって唇を落とせば、照れた様な笑顔を浮かべられて、どうしようもない虚無感が胸を満たす。
 気持ちの伴わないキスほど、行為の虚しさを感じさせるものはない。

 唇を離し、まどろみはじめた相手をみつめながら、胸の内側に空いた穴が少しずつ広がって行くのを感じた。





 翌朝、バイトに行く直前のリョウに叩き起こされて目覚めると、既に相手の姿はなくなっていた。

「……恋人来てたならそう言えよ」

 俺が体を横たえるソファの前で、リョウが気まずそうに呟く。朝になっても上がってこない俺を起こしに来て、帰り際のあいつと鉢合わせてしまったらしい。

「……恋人じゃねぇ。つーか、寒い」

 睡眠時間が短いのと寝起きなのとで頭が上手く回らないが、一応の否定をする。
 あのあと、一通りの処理を済ませてからは気力が尽きて、肌を晒したままで眠ってしまった。

「……服着りゃいいじゃん」

 呆れた口調のリョウに上着を投げ渡されて、それを着込むために体を起こす。過酷な睡眠環境と行為のせいでだるく、伸びをすると体中の関節が音を立てた。

「朝飯できてるから、後で食べなよ。俺、もう行かなきゃ」
「……さんきゅー」

 着替えながら会話をして、バタバタと玄関に向かうリョウの後を追う。開けられた扉から吹き込む冷気が肌を刺した。

「……じゃ、行ってきます」
「……おう」

 互いに昨日の俺の行動のことは口にしないが、どこかぎこちないのは気のせいではないだろう。ぎくしゃくと言葉を合わし、出て行くリョウの背を見送りながら、後悔の念が渦を巻く。


 扉を閉めた玄関の内側で頭を抱え、深い溜息をついた。



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あきゅろす。
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