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風花と残月
4
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 誰かの声に振り返って、握り締めていた拳を解く。
 俺が立っているのは灰色の建物の前で、その入り口から、俺の叔母に当たる人間が俺を呼んでいた。

 雪が降りすさぶ景色に、ああこれはいつもの夢なのだ、と思う。

 建物の中は薄暗く、陰惨な雰囲気が漂っていた。
 屋内だというのに吐く息は白く、指先は冷えたままで、それを握って暖めてくれる人もいない。
 
 叔母の後を追って辿り着いたのは、小さな扉のついた部屋だ。
 息が詰まりそうなほど狭い空間に、数名の人間と、少し大きな白い箱がひとつだけある。

 箱の中を覗いてはいけないのだと直感するのに、夢の中の小さな俺は、震える足を前に踏み出した。

****

 ソファの上ではっと眼が覚めた。
 タイマーで暖房が切れたせいで室温は低くなっているのに、体にはじっとりと汗をかいて、またあの夢を見ていたのだと気付く。

「くそ……っ」

 夢の内容を思い出して、全身の血の気が引くような感覚に襲われた。
 今日は、いつもより夢の記憶が鮮明に残っていて、背を丸めて自分の肩を抱いても、体は一向に温まる気配がない。それでも、あの箱を覗く前に眼が覚めてよかったのだと自分に言い聞かせる。あれを覗いていたら、多分叫んで飛び起きていただろう。

 時計を見れば、午前一時。リビングでデザインを描いた後、そのまま眠り込んでしまったようだ。
 テーブルに置いてあった携帯に手を伸ばし、今の時間でも連絡がつきそうな奴は居るだろうかと考え、思い当たった人物にメールを送った。

 少し呼吸が落ち着いてから体を起こして、眠る前に飲んでいたコーヒーのポットを手に、電子レンジへと向かう。
 それを暖めながら、相変わらずな自分の行動パターンに嫌気がさしたが、どうしようもない。とにかく今は、この手を温める熱が欲しい。

 レンジからポットを取り出したのと同時に、携帯のメール着信音が鳴り響く。メールを開けば「十分後に電話する」という内容で、分かった、とだけ返信をして携帯を閉じる。
 なんとか相手を捕まえられたことに安堵して、再びソファの上に腰を下ろした時、寝室のドアが開く音がした。

「ゼロ……まだ寝てなかったのかよ」
「悪い。起こしたか」

 聞きなれた声に振り返れば、眠たそうに眼を擦るリョウが立っていて、落ち着いていたはずの胸がざわつく。

「俺もコーヒーちょうだい。喉乾いた」

 マグカップを棚から出し、それを手にソファの前に立つリョウを見て、複雑な気持ちになった。
 最近はあまりあの夢を見なかったせいで油断していたが、理性の糸が切れてしまえば誰彼構わず手を出してしまうのは自覚している。

 今日ばかりはここで眠り込んでいて良かった。こいつに手を出すつもりなんて毛頭無いが、眼が覚めた瞬間は、殆ど理性なんて残っていなかった。もしもいつものように隣でリョウが眠っていたら、勢いで何をしていたか分からない。

 いくらか落ち着いた気持ちで窓の外を見れば、雪が降っているのが目に入った。
 途端に夢の光景が蘇ってくる。

「ゼロ…?」

 何も喋らない俺をリョウが覗きこむ。
 何も警戒していないそのツラを見て、まずいと思った時にはもう遅かった。
 湧き上がる衝動を抑えることができず、視界に映る手を強引に引き寄せ、そのまま俺の視線より少し下にある腰を抱き、薄い胸に額を押し付けた。

「って、え?何?」

 突然のことで驚いているのか、ドクドクと早い鼓動が伝わってきて、身じろぐ体を更に強く抱きしめる。
 思考が白くなって、ただ、また冷え始めてしまった指を暖めることしか考えられず、今抱き寄せているのが誰なのかとか、そんなことすらどうでも良くなってくる。
 服越しの体温がもどかしくて、本能と欲望のまま、抱き寄せた体に手を這わせようとした瞬間に、ソファの軋む音がした。


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