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風花と残月
3.
 長いこと一人で暮らしていたせいかもしれないが、上がってきてすぐに温まっている部屋の温度や料理の匂いに最初は少し戸惑った。
 だが部屋の中に自分以外の誰かが居るというのは、思いのほか安らぐものだ。キッチンで鍋を火にかける後姿も、もう見慣れた。
 なによりも「お帰り」と声をかけられる瞬間が一番嬉しい。多分、自分でも意識しないところでずっと他人の温もりに飢えていたのだろう。

「俺、もう寝るね」

 俺の前にシチューの皿を置いてから、もそもそと着替え始めたリョウが言う。

「お前、自分の飯は?」
「先に食った」

 普段は律儀に待っているのに珍しい、と思っていたら「明日、いつもより早いから」と言われて納得する。
 普段俺が起きるのは十一時頃だ。バイトは十時からだと言っていたから、寝坊しないよう早めに眠るつもりなのだろう。

「家出るときに起こせばいい?」
「おう」

 シチューを頬張りながら、明日は何時に起こされるのだろうかと思うと、少し憂鬱になる。
 俺に比べてこいつは寝起きが良い。アラームが鳴ってもぐずぐずとベッドから出ない俺を叩き起こすのは、もう習慣になっているようだ。きっと明日の朝もカーテンの開いた明るい室内で、問答無用で毛布を剥ぎ取って起こされるのだろう。
 寝坊するよりマシだとはいえ、あまりに早いといささか辛いものがある。

「……ちゃんと起きろよな」

 脳内を見透かしたかのように、呆れた表情でそう言われて苦笑が漏れた。俺の寝起きの悪さを痛いほど良くわかっているのだろう。

「あいよ…おやすみ」
「おやすみ」

 寝室に向かうリョウを見て、穏やかな時間だ、と思う。最近はこういう時間を過ごすことが増えた。
 テーブルに描きかけのデザインを並べながら、以前はもう少し殺伐としていたな、と思う。予約が入っていなければ、誰とも口を聞かない日だってあったはずだ。
 デザインを描く作業も、今まではもっと遅くまで下の仕事場でしていたものだが、リョウが来てからは少し早めに上がってきて、リビングで描くようにしている。そういう些細な変化をらしくないと思いながらも、心のどこかではそれに満足している自分に気付く。
それが良いことなのかどうか、自分でもよくわからないが、いつかあいつが出て行く日まではこんな時間を楽しむのも悪くはない。

 テーブルに向かい、ガリガリと画を描きながら見た時計は、二十三時を指していた。


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