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風花と残月
6.


 ゼロの仕事場の片付けを終えて二階に上がると、既に料理は出来上がっており、部屋中にいい匂いが漂っていた。

「遅いよー。早く食べようぜ」

 そう口を尖らせるレンさんと、三人でテーブルを囲む。食事をしながら会話をすると、レンさんはゼロのお客さんで、もう大分長い付き合いらしいという事が分かった。

「まあ、愛人みたいなもん?」

 ゼロとの関係をそう形容してどつかれていたが、レンさんはケラケラとよく笑う。言葉数も多く、ゼロとは正反対な性格をしているように思えるが、不快ではない。
 むしろ空気を和ませるのが上手くて、ほんの僅かな時間でレンさんに対する警戒心は消えてしまった。
 綺麗な外見に似合わず随分あっけらかんとした性格をしていて、気取った感じが無い。
 俺の事情に深く踏み込んでこない辺りに、憎まれ口を叩きあいながらもゼロと仲が良い理由がなんとなく見えるような気がした。

 食事を終えて、ゼロが風呂に入る間にレンさんと並んで後片付けをする。長い睫が影を作るその横顔を綺麗だな、と思いながら眺めていると、突然こちらを向いたレンさんと目が合った。

「しばらくここに住むんでしょ?」

 今度は逸らず、少し赤みの強い目を見つめ返すと、ニコっと笑ってそう言われる。

「……目処が立つまで居ていいって言われたので、しばらく置いてもらうことになりました」

 綺麗な人と話すのは、その人が男でも女でも緊張する。ゼロとは普通に話せるのに、レンさんが相手だと、自然と敬語になってしまう。

「ゼロ、よっぽどリョウ君のこと気に入ってるんだろうね。あいつ、本来は超人嫌いなんだよ」

 俺なんか最初、殆ど口聞いてもらえなかったんだと言ってまたケラケラと笑う。
 それに少し驚く。ゼロは友達の多そうなタイプでは無い事は確かだが、どちらかというと世話焼きな人だと俺は思っていた。人嫌いと言われると、大分イメージが違う。

「俺もたまに遊びにくるからさ、仲良くしてね」
「…よろしくお願いします」

 まだ少しぎこちないものの、他愛も無いをしながら、ゼロが風呂から上がるのを待った。
 ゼロは実はバイだとか、レンさんもゲイで彼氏が家で待ってるだとかいうショッキングな話もあったが、俺自身がそうだから割とすんなりと受け入れられた。
 類は友を呼ぶって、こういうことなんだろうか。

「お前ら仲良いな」
「……お帰り」

 話す俺たちを見て、風呂から上がったらしいゼロがげんなりした声を出す。俺がそれに気付いて言葉を返した時、レンさんがソファから立ち上がった。

「ゼロも戻ってきたし、そろそろ帰るわ。またね、リョウ君」

 そそくさと帰り支度をし始めるレンさんを見て、ゼロが訝しむような顔をする。手早くコートを着こんでドアに向かったレンさんを呼び止め、鋭い疑問を投げかけた。

「……レン、お前なんか余計な事吹き込んでねぇだろうな」
「え?別に『ゼロはバイで節操なしな上にめちゃくちゃ手が早いからリョウ君も気をつけて』とかは言ってないから安心して」
「……殴っていいか」
「あはは、ダメ。じゃあねー」

 レンさんは笑顔でそう言って、ぱたん、と止める隙も与えずにドアを閉める。急ぎ足で階段を下る音が聞こえ、程なくしてバイクのエンジン音が聞こえてきた。

 微妙な沈黙が部屋に落ちる。
 バイだとは聞いたが、手が早いだとか気を付けろだとかは言われていない。
 どこまでが本当なのだろうかとゼロを見ていると、深く溜息をついて冷蔵庫からお茶を取り出し、ボトルから直接飲み始めた。
 俺の視線に気付いたのか、ボトルから口を離してこちらに向き直る。

「……ガキは対象外だ。安心しろ」
「わかった……俺も風呂借りていい?」
「おう、行ってこい」

 ゼロがそのつもりなら、もっと早くに手を出されていてもおかしくない。大方レンさんの冗談だったのだろうと安心して、俺も風呂を借りることにした。

 服を脱ぎながら、今日一日のことに思いを馳せる。
 ゼロの好意に甘える形になってしまったけど、一人になる事がない安心感は大きい。
 風呂から上がったらゼロと少し話をして、早めに寝よう。明日からバイトも探さなくてはいけない。
 こうやって明日を楽しみに思う事なんて、今まで殆どなかった。

 一番最初にゼロと会った時の事を思い出す。
 あの時は、一人で暗い部屋に居るのがしんどくなって、雪に向かって問いかけとも独り言ともつかない言葉を呟いていた。
 ボロボロの体を見ても何も聞かなかったゼロに、どれだけ救われた事だろう。

 喜びか、安心か。
 あの時、闇の中で僅かな明かりが見えたような気がした。


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あきゅろす。
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