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風花と残月
3.


 目が覚めると部屋の中は暗くなっていて、随分長いこと寝てたんだな、と思う。
 ……いやに静まり返っている。起き上がってリビングに出たが、そこも真っ暗で、ゼロの姿ない。

 少し暗闇に慣れた目で見た時計が指していた時刻は、夜の八時。窓の外には月が輝き、あれだけ降っていた雪は既に止んでいた。

 ゼロは一体どこにいったんだろう、と寝起きのぼんやりした頭で思う。
 手探りで見つけたスイッチで部屋の電気を点け、ぐるりとリビングを見回した時、ソファの前にあるテーブルに書置きが残されていることに気が付いて、それを手に取った。

 相変わらず汚いゼロの字で、目が覚めたら降りて来いと言うようなことが書かれている。
 降りて来いということは仕事中なんだろうか、と思って耳を澄ませば、階下から物音が聞こえてきた。

 メモの指示に従おうと廊下に出れば、部屋の中より少し気温が低い。足の裏に伝わる床の冷たさに震えながら、少し急な階段を下った。



 ゼロの仕事場へ続く扉をノックして、少し間を置いてからその扉を開いた。中をきちんと見るのは初めてかも知れない。

 開けたドアから左に通路が延びて、接客用らしきスペースにはソファーとテーブル、コーヒーメーカーが見える。
 そちらの方に向かうとカウンターがあり、その奥にあるデスクにゼロがいた。
 俺が来たことに気付いてないらしく、紙に向かって鉛筆を滑らせている。
 カウンターの前に立ち、その背中に向かって声をかけた。

「ゼロ」
「……やっと起きたか」

 一拍あけてから返事がくる。鉛筆が紙の上をすべる音は止まらないままだ。
 もしかして仕事の邪魔をしてしまったのだろうかと思っていると、ゼロが振り返りもせずに口を開いた。

「すぐ終わるから、座ってそこのコーヒーでも飲んでな」
「……わかった」

 頷いて、コーヒーメーカーの前に立つ。スイッチを押しながら室内をぐるりと見回した。
 明るい照明と、黒地にグレーの模様が描かれたカーペット。暖かい色合いの木製インテリアを基調にして全体的に落ち着いたレイアウトになっている。
 コーヒーを持ったままソファに腰を下ろすと思いのほか座り心地が良く、背もたれ越しに見た広いエントランスには、スリッパまで置かれていた。

 ここがタトゥースタジオだと言われてもいまいちピンと来ない。イレズミを入れるところなんて、もっと殺伐とした場所なんだろうと思っていた。

「お前、キョロキョロし過ぎ」

 背後からクツクツと笑う声が聞こえて振り向けば、いつの間に立ち上がったのか、カウンターに肘をついたゼロが笑いながらコーヒーを飲んでいた。
 仕事用なのか、黒縁の眼鏡を掛けたその顔に微妙な違和感を覚える。

「……眼鏡」
「おう」
「似合わないね」
「……うるせぇクソガキ」

 俺の正直な感想に少しだけ眉を寄せたが、すぐにいつもの不敵な表情に戻って笑った。

 ゼロは、よく笑う。
 困ったような笑みだったり、今みたいに不敵な笑みや、屈託の無い笑顔を浮かべることもある。
 もっと感情の起伏が少ない人なのかと思っていたから、少し意外だ。
 そんな事を考えていたら、ゼロが笑ったまま眼鏡を外してカウンターに置いた。そのまま俺の前まで来て、大きな手が頭を撫でる。

「ガキ扱いすんなってば」

 文句を言っても、ゼロはただ笑うだけで手を止める気配はない。
 多分、バレてる。
 明らかに子供扱いされているのには納得いかないが、ゼロの手がくれる温もりも重みも、俺は嫌いじゃない。撫でられると無条件で安心してしまって、文句を言っても態度がそれに伴わなくなってしまう。


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