風花と残月
2.
「……ほんっとクソガキだな」
軽い舌打ちが聞こえた次の瞬間、腕を引かれて少し強引にベンチから立たされる。そのまま問答無用で引き寄せられて、すっぽりと抱き込まれてしまった。
ゼロの腕の中で、この間と同じあの香りが鼻をくすぐって、たったそれだけで、優しい記憶と一緒にずっと堪えていた涙が零れだしてしまった。
「……っ」
涙を止めようとしても、一度流れ始めてしまったものは全然止まってくれない。
必死でゼロを押し返そうとしたが、離れる気配もない。おまけに優しく髪の毛を撫でられて、頭の中が真っ白になる。
「……ひっ、ひとり…も、きつ…っ」
勝手に口が動くが、声が震えて上手く喋れない。
自分でも何が言いたいのかよく分からないまま、最後まで言い切る前に涙で言葉が詰まってしまった。
小さな溜息と共に、更に強く抱きしめられて、いつもの呆れたような声が耳を撫でた。
「……だから、居場所になってやるって言ったろ」
もう限界だ。
服越しの体温と、背中を撫でる手を振り払うなんてできるわけがない。本当は思い切りしがみついてしまいたいのに、鬱陶しがられるんじゃないかと思うと体が動かず、ゼロの服をぎゅっと握り締め、その胸元に顔を押し付けまま声を殺して泣いた。
どれくらいだろう。俺が落ち着くまで、何も言わずにゼロは抱きしめていてくれた。人前で涙を流したのなんて何年ぶりだろう。
「泣くなよなあ」
少し体が離れて、呆れたような声と同時にゼロの服の袖が俺の頬を拭った。
見上げた顔は相変わらず困ったような笑いが浮かんでいて、その優しさにまた泣きたくなる。
「ほら、行くぞ」
そう言って俺の手を握る。少しだけ躊躇ってからその手を握り返すと、ゼロがニヤリと笑った。
ふと周囲を見渡せば、辺りは既に明るくなっていて、先程まで浮かんでいた月の姿はどこにもない。
「お前、手ぇ冷たすぎ」
くすくすと笑い、俺の手を引いてゼロが歩き始める。俺の少し前を歩くその背を眺めていたら、いつの間にか胸の痛みは消えていた。
雪は相変わらず降り続けていたが、繋いだ掌から伝わる熱が悴んだ指先を暖めていく。
こんな優しい温もりなんて、俺は知らない。
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