風花と残月
残月
「……またお前か」
突然落ちてきたのは、聞き覚えのある声。
まさかと思って目を開く。
そんなことがあるはずないが、顔を上げずにいると、さくさくと雪を踏み鳴らしてさらに近づいてくる。
膝の間から、雪に浮かぶ少し背の高い影が見えて、顔を上げれば、黒い前髪の間から覗く鋭い琥珀色の瞳と目が合った。
なんでこの人がここにいるんだろう。
「……ぜ、ろ」
掠れた声で名前を呼ぶ。
「……ったく、ボロボロじゃねぇか。何のために連絡先渡したと思ってんだ」
呆れたような言葉と一緒に、逞しい腕が伸びてきて俺の頭を撫でた。
そんな事を言われても、もう二度と会わないって決めてたんだ。連絡なんてするはずがない。
貰った名刺はポケットに入れっぱなしだったから、洗濯機の中でぐちゃぐちゃになっている頃だろう。
何も言えないでいると、俺の頭の上からすっと手が離れていく。
「来いよ、クソガキ」
そう言って、今さっきまで頭を撫でていた手が、目の前に差し出された。この人はいつも、こうやって何も聞かないまま俺を受け入れようとしてくれる。
でも、今の俺はそれに甘えられるような状態じゃない。
「……へ、きだから、ほっといて」
今は誰とも話したくない。頭の中がぐちゃぐちゃで、わけの分からない事を言ってしまいそうになる。
拒絶の意思を示すと、軽い溜息をついたゼロが俺の頬を軽く抓った。
「ほっとけないから言ってんだろうが。泣きそうなツラで意地張んな」
そんな風に、困った顔で笑わないで欲しい。
「……も…俺に、かまわないで」
優しい言葉と笑顔に、どうしても声が震えてしまう。
もしも何か聞かれたら、隠し通す自信なんて俺にはないし、親父との事を知ればゼロも俺を見捨ててしまうだろう。
そうやっていつか離れていくくらいなら、最初から近寄りたくない。
もう、こりごりなんだ。
ゼロの視線から逃げるように再び膝に顔を埋めて、ぎゅっと自分を抱くように体を縮めた。さっきからずっと胸の奥がズキズキして、目頭が熱い。奥歯をかみ締めながら、震えそうになる体を押さえ込んだ。
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