風花と残月
4.
◇
「俺、そろそろ帰るね」
風呂から上がってカップ麺を食った後、クソガキは唐突にそう告げた。
「そうか」
帰る場所はあるのか、と聞こうとして、再び言葉を飲み込んだ。それを聞いた所で俺に出来ることなんて何もない。安易な同情や心配は、かえってこいつの傷を深くするだけだろう。
「……この服借りてっていい?今度返しにくる」
「ああ。道、わかるか?」
「うん、大体なら」
窓の外を見たが、雪が止む気配はまだない。先ほどより少し勢いが落ちたとはいえ、景色は白いままだ。
貸してやった服も薄手だし、そのままでは寒いだろうとクローゼットから上着を取り出して、帰り支度を始めたクソガキに手渡した。
「使いな」
「……ありがとう。助かる」
眼を伏せて気まずそうに礼を告げる。こいつが目を覚ました時以来、一度も視線が合わない事に気付いていたが、それをどうこう言うような筋合いもない。ただ妙に気になって、玄関先まで送ったついでに名前を聞いてみる事にした。
「お前、名前は」
「…水元諒一。リョウでいいよ。アンタは?」
「…ゼロでいい。そう呼ばれてる」
聞き返されて、仕事でも使っている、知人につけられた渾名を教えてやる。知り合って間もないのにアンタ呼ばわりか…と一瞬思ったが、俺もクソガキだのお前だのと呼んでいたのだからお相子だろう。
「ゼロ。服、早めに返しにくるね」
そう言って目も合わせずに笑う顔が青白い。正直な話、ガリガリの体も傷跡のこともずっと気になっている。何度も聞こうと思ったのだが、そういう雰囲気になると気まずそうな、聞かれたくなさそうな顔をするものだから、とうとう聞けずじまいだ。
今も表情が少し暗い気がして─…気づけばドアノブを握る諒の手を掴んでいた。驚いた顔で見つめられたが、衝動的な行動だったせいで言葉がすぐに出てこない。
「…いつでも来ていい」
やっとのことで搾り出したのは、俺らしくもない優しげな台詞。
面倒なことは本来嫌いなはずなのだが、こいつはどうも放って置けない気持ちにさせる。小生意気な癖にどこか脆い、妙に保護欲をそそるクソガキ。
「……うん、ありがと。それじゃね」
そう曖昧に笑って出て行く背中を、何とも言えない気持ちで見送った。
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