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風花と残月
2.
 首に押し付けられていたナイフが振り上げられる。思わずぎゅっと目を瞑ったが、その刃は俺ではなく、俺のすぐ横の床に音を立てて突き刺さった。

「散々教えてやったよな?」

 ナイフの柄から手を離し、冷えた声で洋輔が言い募る。何を、なんて考える必要さえない。洋輔の言葉が示すとおり、今まで散々教え込まれた恐怖を俺の体はしっかりと覚えていた。今すぐにでもここから逃げ出したいのに、背筋が凍りついて動けない。

「ちょっと生意気になっちゃったんじゃねぇの?」

 洋輔の手が俺の胸元を握り、力任せにシャツを引き開く。ボタンがあたりに弾け飛んで、カラカラと乾いた音が部屋の中に響いた。露になった上半身に洋輔の手が這う。何度もされてきたその行為に、不快感とも恐怖心ともつかない感情が湧き上がって、体が震える。

「なあ、なんだよこれ」

 すっと目を細めて、洋輔が俺に問う。『これ』が何なのか分からず、俺はただ目を見開いて洋輔を見つめる。洋輔の手が伸びて俺の右肩を鷲掴んだ瞬間、そこに痛みが沸いて、何が起きているのか理解するよりも前に呻きが漏れた。

「何で手当てされてんのって聞いてんの。この汚ぇ体、”知り合い”とやらに見せたわけ?」

 からかうようなその言葉にはっとしてそこに目をやれば、ゼロに手当てしてもらったガーゼの上に洋輔の指先が触れていて。尚も手でグリグリと弄ばれる内に、ガーゼにじわりと血液が滲んだ。

「い……っ!」

 くく、と噛み殺したような笑いが聞こえて、強引にガーゼを剥ぎ取られた。瘡蓋の取れかかった生々しい傷口が露出する。洋輔の指が直接そこに触れて、痛みはやがてズキズキと疼くような物に変わる。そのまま散々弄んで周囲の皮膚が血まみれになった頃、ようやくその手を止めた洋輔が口を開いた。

 諒一、と感情のない声で名前を呼ばれて、びくりと体が震えた。先程までの嘲りを含んだ笑いは消え、支配者の顔をした洋輔が俺を見下ろしている。この表情をした洋介がこの後何をするのか、俺は嫌と言うほど知ってる。

「”知り合い”とナニして来た知らねぇけど……自分が誰の物なのか忘れてるみたいだからさ」

 
 一旦言葉を切った洋輔に、履いていたデニムを下着ごと強引に引き摺り下ろされて、下半身が露出した。剥ぎ取ったものを辺りに投げ捨て、俺の足を掴み上げる。そのまま無理矢理足を開かされても、体は凍りついたままで動かない。一度教え込まれた恐怖は、抗うことができるほど浅い物ではないのだ。

「思い出させてやるよ。体にな」

 そう、うつぶせになるよう促されても、逆らうことができない。
 がちがちに凍りついた体に、明確な意思を持った手が這って。ひやりとした物を後ろに垂らされて、諦めに似た感情が胸を満たした。


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あきゅろす。
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