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風花と残月
無明の淵 

 目が覚めて少しの間、自分の置かれた状況が理解できなかった。息が詰まるような衝撃。火花の散る視界に映った天井と、衝撃から僅かに遅れてやってきた背中の痛みで、ベッドから蹴り落とされた事を悟る。

「諒一。てめぇ昨日どこ行ってやがった」

 身を起した俺の前髪を掴んでドスの利いた声が室内に響く。声の主は眉間に皺をよせ、不機嫌を絵に描いたような顔をしていた。

「知り合いのと、こ」

 思わず、返す声が震える。
 なぜだか分からないが、今日は酷く機嫌が悪い。こういう時は、いつも最悪な結果が待っている。今まで、散々経験してきたことだ。これから始まるだろう苦痛を想像して、呼吸が乱れたのが分かった。

「よ、うすけ」

 未だに震える声で名前を呼べば、目の前にいる不機嫌な顔をした男──洋輔はさらに表情を歪めた。やばい、と感じて全身を緊張させた直後に洋輔が動いて、腹に鈍い衝撃を受ける。

「っぐ……!」

 床に転がされたまま、腹を踏みつけられたらしい。その重みに、息が詰まる。
 胃の中の物を吐き出しそうになるの堪えて睨みつけると、胸倉をつかみ上げられ、壁際に向かって引きずるように歩かされた。何をされるのかと身を再度身を強張らせていると、洋輔の手が俺の頭を鷲掴みにする。

「な、に」「うるせぇ」

 言い終わる前に頭を強く壁に打ち付けられて、痛みで目に涙が浮いた。 頭がクラクラする。なんで今日はこんなに機嫌が悪いんだろう。
 あまりの激痛に身構える間も無く、再び強く叩きつけられた。今度は、何度も。頭が壁にぶつかるたび、ゴツゴツと鈍い音が頭蓋に響く。痛みで目の前が白くなってきて、頭を掴まれたままその場に崩れ落ちた。

 そのまま肩を押さえつけられて、洋輔が俺の上に馬乗りになる。

 ──殴られる。
 再度胸倉を掴まれそう感じ、条件反射で顔面を庇った腕に拳が振り下ろされた。痛みと共に聞こえた舌打ちに、余計神経を逆撫でしてしまったことを悟る。

「ガードしてんじゃねぇよ」

 低い声で洋輔が唸って、振り下ろされる拳が激しさを増す。それが俺の顔面や体を殴るたびに、骨の軋む音が聞こえ、苦痛に顔を歪めた。

「やめ……っ、ぅ」

 制止の言葉を口にしかけたところで、鳩尾に拳がめり込んで。

「うるせぇって言ったろ?」

 えずく俺に洋輔が冷徹な声でそう言って、硬い音と共に首の左側に冷たい感触が走った。焼け付くような痛みを感じて首を見れば、鈍く光るナイフが俺の皮膚を切り裂いている。
 傷口からあふれ出した血液が首筋を伝うのを感じて思わず叫びそうになったが、寸前でそれを飲み込んで。見開いた視界の中で服の襟首が徐々に赤く染まっていくのを見つめた。

 別に、刃物を使われるのは初めてじゃない。俺の体をそれで弄んで、傷をつけられるのは今までにも何度かあった。ただ、それはあくまで命には関わらないよう加減がされていて、大体背中か、腹部にごく浅い切り傷が付く程度だ。
 今は違う。深くはないが決して浅くもない。当てられている部位は首だし、下手に動けばどうなるか分からない。
 心臓が、ありえないスピードで脈打ち始めた。


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あきゅろす。
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