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風花と残月
朔の残香
 ゼロと別れて、部屋に戻ってきたのは七時前。
 玄関の扉を閉め、肩で息をしながらその場にへたりこんだ。

 動転して逃げるように帰ってきてしまった。心臓がバクバクする。

 しばらくしてようやく鼓動が落ち着いてきたが、頭の中はごちゃごちゃしたままだ。

 さっきのはなんだったんだろう、とかそんな言葉が頭を占めて、他のことが何も考えられない。突然抱きしめられた事に対する混乱で、お礼もろくに言えなかった。

 靴を脱いでふらふらと部屋にあがり、気持ちを落ち着けようと上着も脱がずベッドに倒れこむ。置いてあったクッションに顔を埋めて先ほどまでの事を思い返した。

 謝りすぎだといわれた時、急に離れたくない気持ちがあふれてきた。
 頭を撫でる手も、困ったように笑う顔も、落ち着いたトーンの声も、全てが気持ち良くて、このままずっと撫でていて欲しいと思ったのだ。

 つい”また行ってもいい?”と口に出して言いそうになったけど、ギリギリ、本当に寸前でその言葉を飲み込んだはずだ。
 なのに、顔に出ていたのか、ゼロが鋭いのか。突然抱き寄せられて耳を擽ったのは、まるでそれが聞こえていたかのような台詞だった。

(居場所になってやる、か)

 ゼロの言葉を、頭の中で反芻する。
 最初は哀れみから出た言葉かとも思ったが、冷静に考えると少し違うような気がする。

 ゼロはいつも、真意が見えない。最初に傷を見られてしまった時は、大して気にしていないようだったのに、二回目に会った時は有無を言わさず手当てをされた。
 言葉数の少ない人だとは思う。むやみやたらに話すタイプではないのだろう。どちらかといえば、感情の起伏も少ないような気がする。激しく怒る事はないし、冷たい人間と言う印象でもない。かといって温厚とも言いがたい。

 曖昧な言葉になってしまうけど、よくわからない男だ。
 いつも一定のポジションでこちらの言葉を待っているような……落ち着いたイメージがあるのは、俺より少し年上だからだろうか。

 あの時、驚くよりも先に居心地がいいと感じたのはどうしてだろう。
 見かけより広い胸と力強い腕の中で、薄い白檀の香りがしたのを思い出して、何故か涙がこぼれそうになった。


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あきゅろす。
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