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風花と残月
5.


「……そんなに長風呂してねぇぞ」

 リビングに戻ってすぐ、飛び込んできた光景に思わず呟いてしまった。
 テーブルには空になった弁当と、タトゥー雑誌。俺がシャワーを浴びる間も読んで居たのだろう。
 そして肝心のクソガキはソファの上で寝息を立てている。食事を摂って気が緩んだのか、俺が先ほどまで着ていた上着を毛布代わりにして、かなり深い眠りに落ちているようだ。明るい茶色の前髪に触れて、掻き揚げてやっても目を覚ます気配すら感じられない。

 一体、どんな生活をしているのだろうか。この間よりはいくらかマシだが、青白い顔は疲労の色が濃く映る。その割に寝顔は安らかで、俺の指がその額を掠める度に眉が震えて反応を示した。
 少しの間そうして頭を撫でてやっていたのだが、ソファの上では少し窮屈そうだということに気付き、そこそこの身長に対して明らかに細い体を抱き上げる。そのままベッドに運んでやろうと歩き出せば、さすがに異変に気付いたらしいリョウがうっすらと目をあけた。

「ん……」
「……寝てな」

 抱き上げられたまま腕の中でもぞもぞと動き、何かを言おうとするのを遮って言葉を落とす。子供にするように背中を軽く叩いてやれば、再び目を閉じて体を預けてくる。

 腕の中で眠りに落ちる程度には、気を許してもらえているのだろうかと考えて、思わず笑みが漏れた。そっとベッドの上に降ろして、毛布をかけてやればもぞもぞと体を丸めはじめる。

 本当に猫のような男だ。
 身を守るようにして眠るその姿が何かと重なる。呼吸に合わせ、丸まった背中ががゆっくりと上下し始めたのを見ながら、ほっと息を吐いた。

「……ゆっくり寝ろよ、クソガキ」

 そう言ってもう一度頭を撫で、寝室の電気を落としてリビングに戻る。
 エアコンがかかっているとはいえ、何も着ていなかったせいで肌寒い。設定温度を上げて上着を羽織り、ソファに腰掛けて目の前のテーブルに描きかけのデザインを広げた。いつもなら下の店舗でする作業だ。

 愛用の鉛筆を持ち、俺はひとつの結論を出す。
 傷の理由は、あいつが自分から話すのを待とう。無理に聞き出したところで、それには何の意味はないのだ。

 思考を切り替えてデザイン画に手を伸ばし、明日中に完成させると目標を立て、紙の上に鉛筆を滑らせた。

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あきゅろす。
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