[携帯モード] [URL送信]

風花と残月
3.
「……何も、聞かないんだな」

 傷口を洗い終えたあと、リョウが何も読み取れない表情で呟く様に言う。

「聞かれたくなさそうな顔してるからな」

 体の至る所にある、消えそうにない傷跡が痛々しい。特別に事情を聞いたわけでもないが、細い肩を震わせて一人で痛みに耐える様に、こいつの孤独を思った。
 傷口の水気を拭き取り、消毒液をかけ、厚めに軟膏を塗ってその上にガーゼを張る。しっかり処置をすれば、この傷は跡にならないだろう。

「これ着な」

 黙り込んでしまったリョウに、俺のシャツを手渡して言う。こいつが着ていた服はべっとりと血がついていたから洗濯機に放り込んだ。
 俺の手から服を受け取りながら、それでも目を合わせようとしない様子が、人馴れしていない野良猫を思わせた。こちらが手を伸ばせば警戒する。傷の理由を聞こうものなら、きっとまた逃げ出してしまうだろう。

「アンタの服、俺にはでかいんだけど」
「我慢しろ。あのシャツじゃ衛生的によくない」

 そういうと一瞬だけ不満そうな顔をしたが、結局はもそもそと着替え始める。本当は、衛生的になんてただの口実でしかない。ただ、服を返すという名目で、こいつがまたここに来る理由が出来れば良いと思ったのだ。

「俺もシャワー浴びてくるわ。これ食って待ってな」

 買ってきたばかりのコンビニ弁当を手渡して言う俺に、リョウは不思議そうな顔をする。

「それ、自分で食おうと思って買ってきたんじゃねぇの?」
「別にいい。食っとけ」

 相変わらず、骨の浮いた体をしていた。所詮コンビニ弁当だが、カップ麺よりはいくらかマシだろう。

「……ありがと」

 俺の手から弁当を受け取り、うつむいて礼を言う。野良猫を餌付けする気分だ。まだ多少警戒されているが、最初の時よりは随分打ち解けてくれたような気がする。
 相変わらず目を合わせないままの、その頭をぽんと撫でてから、風呂場へと向かった。


[*Prev][Next#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!