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風花と残月
3.


「あ。もう結構いい時間じゃん」

 レンの言葉で時計を見れば、時刻は既に十八時。
 予定の打ち合わせだけのつもりが、久しぶりだったせいもあって長々と話し込んでしまったようだ。

「じゃ、そろそろ行くわ」
「あー…俺もコンビニ行くから一緒に出る」

 立ち上がってコートを着るレンに声をかけて俺も立ち上がる。よく考えれば、今日は朝からろくに飯も食っていない。空腹も限界だ。

「メシ?」
「おう」
「いまだに料理覚えてないんだな」
「俺はそういうことに情熱を注ぐのは諦めたんだ」

 それを聞いてレンが「なんだそれ」と爆笑する。
 俺は全くと言って良いほど料理をしない、というか出来ない。米を磨ぐくらいが限界だ。昔、自分で作った野菜炒めのまずさに絶望して、それ以来料理をするのは諦めた。今はもっぱらスーパーの惣菜と弁当とカップ麺で生活しているが、これといって不便を感じたこともない。

「俺が愛情弁当でも作ってあげようか」
「断る」

 自己完結した俺の横で、腹を抱えて笑うこの男は料理が上手い。自炊しているのだから当然と言えば当然なのだろう。

「つーか、そんなことばっか言ってるとそのうち犯すぞコラ」
「俺、ゼロなら歓迎」

 冗談交じりにそんな事を言い合う。相変わらずだ。
 俺も大概フラフラしてるので人の事をあれこれ言いたくはないのだが…こいつも元は相当な遊び人で、当時はそのお綺麗なツラで次から次へと男を引っ掛けては食い散らかしていたのを俺は知っている。
 昔、そういう性指向のある奴らが集まる飲み屋で鉢合わせして以来、こういった冗談交じりの掛け合いはもはやお決まりとなっているものの、今のこいつは恋人持ちだ。

「…お前そろそろ本気でシギに怒られるぞ」
「へーきへーき。しーちゃんも分かってるから」

 窘めるつもりで恋人の名前を出せば、ヘラヘラと笑いながら流されてしまった。シギもこいつが恋人じゃ気苦労が絶えないだろう。
 シギもまたうちの常連で、結構なハイペースで通ってくれている。赤道直下の国の血が混じっているらしいが、彼の話す日本語はなまりもなく、俺たちのそれと変わらない。レンとは対照的に黒い髪と褐色の肌を持った男前の顔を思い出して、気の毒に、と思う。

「お前ら並ぶとオセロみたいだよな」
「あはは!確かに!」

 個別に見れば、二人とも人目を引くような整った外見をしているのだが、色白なレンと色黒なシギが並ぶとオセロを思い出してしまう。いっつもそんな風に見てたのかよ、と笑いながらレンが言って……ふと思い出したように口を開いた。

「そういや、しーちゃん新しく彫りたいのあるって言ってたよ」
「何かそんなメール来てたな。予定決まったら連絡しろっつっといて」
「あいよ、りょーかい」

 黒一色のトライバルが良く似合うあの寡黙な男前は、次のデザインもまたトライバルなんだろうなと思った。

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