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ただ一人打ちひしがれたままの春水に、七緒がとどめをさす。
「私が八番隊に戻った時に、書類がそのままでしたら私、戻りませんからね」
「ええええええ!」
「でも、あたしは十番隊に…」
「何言ってるんですか、乱菊さんも戻しませんよ。ね?日番谷隊長」
「あ?ああ、ああそうだな、それもそうだ。伊勢がちゃんと仕事をこなすのに、松本がサボっておしまいはおかしいな」
七緒の言葉に冬獅郎も笑みを浮かべ頷き、重國も重々しく頷いた。
こうして、副隊長が入れ替わり一日を過ごすことになったのだった。
「どうぞ、日番谷隊長」
「ああ、すまねぇな」
「どういたしまして」
隊長として尊敬され、お茶を差し出されただけなのだがその気遣いが嬉しくなり、微笑を浮かべた。
七緒も微笑を浮かべ返す。
今二人の机の上は綺麗に片付き、やることがなくなってしまっている。
「…二人でやりゃあ、こんなに早く片付くもんなんだな」
冬獅郎がしみじみと呟き茶を啜る。
「あら、日番谷隊長がコツコツ片付けていらっしゃるからですよ。副隊長権限には限りがありますから、どうしても溜まってしまうんですよねぇ」
「そりゃあ、大変だな」
乱菊が日頃サボってばかりいるので、気持ちが解ってしまう。思わず同情の眼差しを向けた。
「それで、総隊長に願い事を?」
茶を啜りながら、上目遣いに側に立っている七緒を見上げる。
「ええ、仕事ができる上司が欲しいって」
「成程…」
「勿論お遊びのつもりだったのですが、まさかこんな形で一日限りとは言え、叶えていただけるとは思いませんでした」
「そうだな、俺もその程度なら願っといても良かったかな」
日頃無表情に眉間に皺を寄せっぱなしの二人が、珍しく和やかに微笑みあっていた。
心穏やかでいられるのは今この瞬間だけだと解っているのだが。
夕方、定時で二人は執務室を出た。
「お疲れ様でした」
「おう、お疲れ様。今日は本当に助かった」
頭を下げ労う七緒の言葉に冬獅郎は大きく頷き返した。一日くらい楽な仕事ができるということは、思いがけず良いものだとつくづく感じたのだ。
「私の我儘にお付き合いいただき、ありがとうございました」
「何言ってるんだ。俺の方が感謝しているくらいだ」
丁寧に礼を述べる七緒に、冬獅郎は優しい笑みを浮かべ見上げる。
七緒の有能さは何かにつけ耳にしていたのだが、本当に素晴らしいと思い感嘆していた。乱菊に、爪の垢を煎じて飲ませたいとしみじみ思う程に。
七緒の方も、まだ子供の姿の冬獅郎が隊長でいられるのは、卍解できる力だけではないのだとしみじみ感じいっていた。ちゃらんぽらんの春水に、ぜひとも見習わせたい勤勉さだと、何かにつけ比べてしまった程だ。
きっかり定時に仕事が終わることは滅多にないので、冬獅郎はどうやってこの時間を有効利用しようか考え、現世の習慣に少し興味を持ち図書館へ調べに向かった。そこで偶然にも桃とはち合わせることなど知る由もなく。
一方、七緒はそっと八番隊の様子を見にきていた。
辰房を見つけ春水と乱菊の様子を確認する。
「はは、松本副隊長は中々容赦ないですな」
「まあ、乱菊さんが?」
「必死に京楽隊長に発破掛けてらっしゃいましたぞ」
必死に、乱菊は自分が少しでも楽をしようと春水を煽てたり、突き放したり、うまく飴と鞭を使い分けたのだろう。
「……ま、いいわ、仕事が片付いているなら」
七緒は満足そうに頷き、後を任せて自室へと戻った。
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