「…あれ?副隊長?」
 弓親がふと過った影を見つけ呟く。
「ん?呼んだ?」
 振り返ったのはやはりやちるだった。
「こんな夜更けにどうされたのですか?」
「ん?これから剣ちゃんによばいすんの!」

 やちるが唇の前に人差し指をあてて、珍しく小声で話しかけてくる。
「へえ、更木隊長に夜這いですか…」
 入れ知恵は恐らく十番隊の松本乱菊であろうが、弓親は止めることなくにっこりと笑顔を見せた。
「頑張ってくださいね」
「うん!がんばる!」
 笑顔で送り出し、弓親は楽しそうに笑う。
「ふふ、明日の副隊長の報告が楽しみだな」


 一方、弓親の笑顔で送り出され背中を後押しされたような頼もしさを感じ、やちるはそっと剣八の部屋へと忍びこんだ。
 剣八はやちるの気配では起きないし、殺気がなければ尚更起きないのだ。

「…そーっと、そーっと…」
「ん…」
「……」
 忍び足で剣八の枕もとへと来たのだが、小さく声を漏らし寝返りを打った様子に、思わず口を両手で塞ぎ息を止める。

 やちるは剣八をそっと覗き込む。
 皆は怖がるがやちるは剣八を怖いと思ったことはない。

 面長の顔、眉毛がなく奥まった目、鋭い目つきは頼もしいと思うし、痩せこけた頬に引き締まった口元、大きく鋭さを見せる鼻、左の額から顎まで届く大きな傷痕も、やちるからしてみれば今まで生きてきた結果に過ぎない。
 そして、やちるはというと痩せすぎず頬も丸く赤く、健康で元気一杯だ。これもそれも今までずっと剣八が、劣悪な環境の中でもやちるを護って育ててくれたからだ。

 剣八は口先では護ってないと言うし、優しくないとも言う。けれども、やちるには優しく甘く感じるのだ。
 自分の言う事を聞いてくれるし、自分の言う事に笑ってくれるから。

「剣ちゃん、だーいすき」
 やちるは剣八をうっとりと見つめ、小さく小さく囁いた。

「…で、何時になったら襲ってくれんだ?」
 剣八の目がぱっちりと開き、口元は笑みの形を作って吊り上がっている。
「あー!!」
 剣八が目覚める前に襲う予定だっただけに、目覚められては計画が台無しだ。
「剣ちゃん!何で起きちゃったの!!」
 やちるが悲鳴をあげ頭を抱える。
「何でって、オメーぶつぶつ言って、枕もとで鼻息荒くされたら、起きるに決まってんだろうが」
「ぶー!ぶー!寝てなくちゃだめー!!」
 唇を尖らし文句を言うやちるに、剣八は呆れた表情で見上げる。
 頬を膨らましているやちるの頬を片手で潰し、小さな鼻を摘む。
「んにゅー、あにすんの」
「ほれ、何かするつもりだったんだろ?」
 剣八は何時までも話が進まないことに業を煮やし、やちるの目的を思い出させる。
「計画はシッパイしたので、中止ですー!」
 唇を尖らせぷいとそっぽを向くやちるを、起き上がることなく剣八はただ見上げるのみだ。



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