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「今更何なんですか?」
「……近頃、笑わなくなったじゃないか」
仕事に関係のない話題はしたくないと言わんばかりに、七緒の口調は素っ気ない。
「仕事に笑いは必要ありません」
「家でだって…」
「…家でも私は仕事をしておりますから」
「だけど…」
「…解雇いただけるんですか?私は」
追求の激しい春水に、七緒は小さく溜息を吐き出した。
「え?」
「…祖父は一生京楽家に仕えるつもりです。祖父の後継ぎは私だけ。幼い頃からあなたに仕えて参りました。あなたがご結婚されれば解放されると言う訳ではありません。本家に残り祖父の後を継ぐのみです」
「…七緒ちゃん…」
ずっと側にいるはずの七緒がいなくなることを、春水はちらりとも考えた事がなかった。
常に側にいて、今も一緒にいるから、この先もずっと側にいるのだと思っていた。
「…手放す…ものか」
拳を握りしめ呟いた言葉に、七緒は笑みを浮かべた。
「…酷い方…」
泣きだしそうな、悲壮感漂う笑みを。
「七緒ちゃんが置物の訳がない…。ボクを遠慮なく叱って、親身になってくれるのは七緒ちゃんだけなのに」
下心なく、道具でもなく、京楽春水として慕ってくれるのは、親友の浮竹十四郎と七緒だけなのだ。
「…愛してるのは君だけだ」
「は?」
「もう、君を奪っていいかい?女として見ても、いいかい?」
真剣な眼差しで七緒に迫ってくる春水は恐ろしい。七緒は思わず後退ってしまった。
「君は子供だったから、我慢していた。他の女で紛らわしていた。もう、女として見ていいかい?」
「あ…」
七緒は一歩ずつ後退る。
「もう、仕事はしなくていい。ボクの妻になって側にいてくれれば」
「あ…」
春水は七緒を壁へと追い詰め迫る。
長身の春水は、小柄な七緒を壁に着いた両腕の中に閉じ込め、顔を近付けた。
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