日に日に表情のなくなる七緒が、春水は心配だった。


 小言は変わらず、素っ気なさも何時も通り。だが、怒った表情は見せるものの笑顔は全く見なくなった。
 同僚の乱菊や桃達と会話している時ですら、見かけない。
 思い余って七緒と一番仲の良い乱菊に問うてみた。


「ねぇ、乱菊ちゃん…七緒ちゃん何かあったのかな?」
「……さあ」
 肩をすくませて首を傾げたその表情は、何か知っていると思わせる。
「乱菊ちゃん…ボクは真剣に…」
「でも…、京楽専務は何れ何処かのご令嬢と結婚するのでしょう?あたし達下々所か、家遣えの下っ端にそんな気を回す必要はありませんよ」
 満面の笑みを浮かべながらも厭味な内容に、春水は眉間に皺を刻む。
「まして、置物同然にしか見られないなら、置物として感覚を無くすしかないじゃないですか」
 悲しそうな笑みを浮かべて語る乱菊に、春水は唖然とした。
「な、七緒ちゃんがそんな風に感じてるのか?」
「…専務が連れてきた浅はかな女が、幼い頃の七緒に言ったらしいですよ。今更、あの台詞の意味が解ってきたと言ってました」
「…そんな…」
 乱菊の説明に拳を握りこむ。
 目蓋を閉じ深呼吸をすると、乱菊に礼を述べて七緒の元へと急いだ。



 京楽家は由緒正しい家柄と言ってよい。
 ある時期には爵位も与えられていて、今なおその影響力があるそうだ。中でも先々代が経営者として手腕があり、大きな会社を作り上げた。
 春水はその直系の現当主の次男坊だ。嫌々ながらも仕事をしているのだが、実は春水にも経営者としての素質があるものだから重役に据えられてしまった訳である。
 だが、嫌々やっているものだから、しばしば会社を抜け出し業務を滞らせていたため、父はある者を春水の元へと送り込んだ。


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あきゅろす。
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